ソラノムジカ第2章

第2章

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(M)=モノローグ(心の中で思っていることか独り言)


●シーン01軌道エレベーター "アルパ" 成層圏プラットフォーム
観客が大勢いて、地上50kmからの眺めを見ている展望室。
周囲を見ながら、ゆっくりと歩いている仕事人風の男。時々カメラを構えて写真を撮っている。
窓の外のベランダのような場所から、気密服を着て飛び降りようとしている人がいて、
紹介するアナウンスが流れ、内部で声援を送る様子も見える。気密服の人は手を振ってフリーフォール。中で拍手。
このほか、観光客や撮り鉄みたいなのなど、東京タワーかスカイツリーの展望台のように色々混み合っている。
アナウンス『お呼び出しいたします。アツシ・オキナガ様、アツシ・オキナガ様。
ご案内の準備が整いましたので、乗合室へお越しくださいませ』
男は呼び出しに気づき、人ごみをくぐって乗合室へ向かう。
扉などを抜け、警備員?に男が軽く会釈して通行許可のIDを見せて話し出す。
「ごめんください。取材のお約束をいただいている、真由都羽通信社のオキナガ(沖永淳)です」
警備員「(IDを確認し)うかがっております。どうぞこのまま奥へお入りください」
扉を抜けると、女性が立っている。
「お待ちしておりました。軌道エレベーター "アルパ" へようこそ。
ご案内を務めさせていただきます、オービタル・アテンダントのアオイ・ヒロセです」
お辞儀する女=広瀬あおい。


(T)サブタイトル『犬でもわかるアルパのすべて』


●シーン02東京・真由都羽通信東京本社・回想
上司からハッパをかけられている沖永。
沖永「なんで私が? しかもカメラマンもなしに1人で?」
上司「色んな調整の結果、空きが1人だけ出たんだよ。
なので、テロとか史上初の軌道エレベーターの人身事故とかあった時、
色々ウンチクを書けるように、うちの部も取材しておきたいということだ」
沖永「……モルディブまで行くなんて面倒ですよ。宇宙の話なんて科学部がやればいいでしょう?」
上司「科学部はアルパが出来た時に紹介記事書いてるから、譲ってくれたんだよ。
普通は喜ぶんだがなあ。お前変わってるな、気が乗らないか?」
沖永「興味ないっていうか……所詮、金持ちのアトラクションでしょう?
宇宙が身近になったって言ってるけど、依然として運賃はバカ高い」
上司「そう決めつけることもないだろう。造ったのは便利だからだ」
沖永「大体、宇宙へ行って何になるんです?」
上司「そういう問いをテーマにしてもいい。出張してこい。帰ったら5、6回くらいで連載モノを出せ。
だいたい、昇りたがってる奴は世間にゴマンといるんだぞ。報道陣でも機会は多くないんだ」
沖永「……じゃあ、提灯記事にしないよう、私なりに先に仕込み取材してからにしますよ」
ため息をつく沖永。軌道エレベーターの資料を調べて勉強する姿。
資料の電子書籍の中に、W.ヒューズ著『すごいぞ! ぼくらの軌道エレベーター』なども。
事前の仕込み取材で、地上で何人かにインタビューすする様子。
取材先A(宇宙好き)「死ぬまでに一度、地球がまん丸に見える高さに昇りたいですよ!
でも私みたいな庶民はとても手が届かない」
取材先B(有識者)「アルパ1基の建造費で、途上国の飢餓を半分に減らせますよ」
取材先C(子供)「ねえ、僕もいつかあの塔に昇れるの?」
――みたいなネガティブな声を数件。


●シーン03再び成層圏プラットフォーム・回想終わり現在
目の前のあおいに注意を戻す沖永。
あおい「――どうぞよろしくお願いいたします。地上局から直接ご案内すべきところを、
ここまでお一人でお越しいただきまして、誠にありがとうございます」
沖永「こちらこそ、このたびは取材をお受けくださり、ありがとうございます……あの、日本の方ですか?」
あおい「はい。国籍は日本です。ご希望なら日本語でお話しいたしますが」
沖永「それは助かります」
あおい「メディカルチェックは地上局でお済みだと思いますが、再度の衛生・保安の検査の後、コルチェアにご案内します」


●シーン04-1昇降機 "コルチェア" の発着プラットフォームから機内へ
コルチェアに乗り込む沖永とあおい。ほかの客も数人乗り込んでくる。
細かい描写は、旅客機に乗り込むような雰囲気で。沖永から席を一つ空けて座っているあおい。
沖永「今回、取材で搭乗するのは私だけですか?」
あおい「はい。報道陣の皆様も、ガン島までお越しになるのは大変のようです。
来られても、静止軌道まで往復される方は少ないですね。無重量体験は静止軌道でなくてもできますし……」
沖永「私は、今の部署に異動してきたばかりでして。今後のために全体像を知りたいと思って参りました」
あおい「お一人様ですので、一般の乗客の皆様とご一緒に日程を組ませていただきました。
取材活動にはいささかご不便もおありかとは存じますが、ご理解をお願いいたします」
沖永「ほかの乗客の反応が見えてありがたいです。広瀬さんがずっと私に付き添うのですか?」
通路兼小型エレベーターシャフトを見ると、ほかのアテンダント(途中までしか行かないインターン)
の姿が目に入るが、あおいは沖永の相手のみ。
あおい「付きっきりではありませんが、正式なOA(オービタル・アテンダント)はまだ私1人ですので、
一応、往路は私が優先的にご案内します。しばらくは広報対応でここにおりますので」
沖永「(M『お目付け役か……』)ありがとうございます」
あおい「リフトオフ後に、一般のお客様向けに、お座席の前にあるモニタで、
アルパの基本情報の動画がご覧いただけます。ご質問は、私が随時お答えいたします。
(画面?の方を向いて)今回は設定解説が中心です」
沖永「あの……どこを見て……(´・ω・`)」
アナウンス『ご搭乗の皆様、本機機長の×××です。およそ3日間かけて、静止軌道局までご案内いたします。
間もなくリフトを開始いたします。お手元のサインが消えるまで、座席のベルトを外さないようお願いいたします』
その他諸々、それっぽい描写を経て、リフトオフ。色々アナウンスがかかる中、窓の外を見る沖永。
すーっと上昇していく様子を窓の外から数カット。小さくなっていく成層圏プラットフォーム。感心する沖永の表情。
沖永「(窓の外を見ながら)おお……(あおいの方を向いて少し声を控えめに)静かなんですね」
あおい「エレベーターですから。通常運航の音より、もっと上で色々換装される時の方が室内に音が響きますよ」
座席の前のパネルで非常時の案内など必要な説明動画やアナウンスが一通り終わった後、
あおいの言った、基本情報の動画案内が見られるようになる。ヘッドセットを付け、日本語を選択して見入る沖永。
音楽や映画などのメニューと一緒に『犬でもわかるアルパのすべて! (・∀・)』があり、その中の上級者編を選ぶ。
動画『このたびは、軌道エレベーター・アルパにお越しいただき、誠にありがとうございます。
このプログラムは、お客様にアルパの成り立ちや構造、役割などについて
ご理解を深めていただくためものです――』
早回しして、見出し画面『アルパの歴史』まで飛ばす沖永。
動画『アルパは、宇宙活動の増大で飽和状態にあった宇宙ゴミ、いわゆるスペースデブリの、これ以上の増殖を回避し、
平和的な宇宙開発を継続するとともに、活動に伴う負担を軽減することを主な目的に計画されました。
このほかにも、軌道上からの地上や天体の観測、宇宙の環境を活かした実験など、
多岐にわたる役割を担っています』
沖永(M)『おいしいことばっかりじゃないだろうに』
動画『皆様はケスラー・シンドロームをご存じでしょうか?
デブリが増えすぎると、デブリ同士が衝突してどんどん増えていき、その連鎖反応が止められない状態に至ることです。
このままではケスラーシンドロームを誘発し、宇宙開発の停滞を招くと判断した複数の国の提唱により、
米ロや欧州宇宙機関の構成国、日本などの国々が軌道エレベーター建造・運営のための特別条約を締結。
これに基づき、条約加盟国や各国の企業、宇宙関連機関などの出資により、
多国間コンソーシアム "ARPA" が設立されました。社名はそのまま軌道エレベーター1号塔の通称となり、
準備期間を含め、およそ15年をかけて完成。今から3年前、軌道エレベーター・アルパは運用開始となりました』
チョコチョコと飛ばして、見出し『軌道エレベーターの基本原理』を見て(省略します)、
色々スキップして『アルパの主な構造』を見る沖永。


●シーン04-2コルチェア内
動画『アルパは東経73度、赤道直下のモルディブ共和国・アッドゥ(シーヌー)環礁にある、
ガン島特別行政区の沖に地上局があります。
ここから、現在7本のケーブルが宇宙に向かって伸びています。全長はおよそ14万4000km。
地上50kmまでは、成層圏プラットフォームと併設されており、プラットフォームの展望台は、最も多くのお客様がご利用されます。
ただ今ご搭乗いただいている昇降システム・コルチェアは、このプラットフォームから出発します』
動画を一時停止する沖永。あおいに向かって、
沖永「どうして地上から発進しないんですか?」
あおい「成層圏あたりから上と下では、環境が激変します。特に気圧は真空に近くなりますので、
水上の船から潜水艇に乗り換えて、水中に潜るようなものだと思ってください。
沖永「なるほど」
あおい「宇宙から地球を見下ろす体験をご希望のお客様が多いですから、地上に準じた安全基準で、
宇宙に近い眺めを楽しめる高度を成層圏あたりに設定して、それより上へ行かれるお客様と区別しています。
ですので、成層圏プラットフォームからコルチェアにご搭乗いただく方が合理的なんです」
沖永「成層圏プラットフォームは日帰り展望台にしているのですね」
あおい「それに、コルチェアは自走式のエレベーターで、色んなシステムを内蔵していてすごく重いんです。
地上から自力で上がっていくのは大変なんですよ。
ですから、成層圏の境目までは地上のエレベーターと基本的に同じ、ツルベ式を発展させたものを使用しています。
これは動力関係が全部地上にあって、乗り物自体はただのカゴです。自力で上がるより効率がいいということなんです。
でも、無人の貨物便と、特別な事情で運行する緊急便は、地上と直接往復しますよ」
沖永「そうなんですか」
●シーン04-3コルチェア内
動画を再開させる沖永。アナウンスとともに説明CGが映る。
動画『通常使用するコルチェアは、旅客用と業務用、無人の貨物用があります。
中心の1本を除く6本のケーブルを、この3種類のコルチェアが、それぞれ昇りと下りに分けて使用しています。
皆様にお乗りいただいている旅客用は、7か所の軌道局で、列車が車両を連結するように様々な装備を換装します。
最初は、万が一ケーブルから脱落しても、コルチェア自体を独立したカプセルとして、
再突入に備えたアブレータや軟着陸できるドラッグシュートなどを装備しています。
高度約2000kmから、リニア誘導レールが周囲に現れ、電磁誘導式ブースターに換装して上昇を補助します。
ケーブルからの分離に備えて、簡易宇宙艇になる推進装備も連結します。
また、この付近からヴァン・アレン帯の影響を遮断する装備も付け、周囲もシールドで覆われます。
このほか、ヴァン・アレン帯の外帯用の防備や、コルチェアの自律性を高める装備などを高度に応じて随時換装ながら、
静止軌道局に到着します。一般旅客便はここが終点です。成層圏プラットフォームからはおよそ3日を要します』
また飛ばす沖永。
動画 『アルパの構造体は、常に曲がったり振動したりします。
原因は、太陽や月の引力、コルチェアの運航によるコリオリや振動、高軌道スリングシステムを使用した反動、
シールドへのデブリの衝突の反動など、様々です。
穏やかな振動や屈曲は、基本的にそのままにしておきますが、運用に支障をきたす変化は、
地球磁場に対するローレンツ力を利用した電磁気的泳動マニューバによって姿勢を保ちます。
リニア誘導レールや、ヴァン・アレン帯のシールド、デブリガードなどの設備は、姿勢制御システムも兼ねていて、
アルパは常に、地球をとりまく磁場の中を泳いでいるのです。
このほかに、非常時には推進剤や大型のロケットエンジンを使用して急な制御を行うことも可能になっています。
皆様の安全のため、こうした制御や運航管理は、地上局と静止軌道局にある大型演算システム "ムーサ" が司っています」
沖永(M)『それ、おさるの電車と同じじゃねえの?』
ふと思いつき、再び動画を止める沖永。
沖永「リニアのレールやシールドって何千とか何万kmもあるんですよね?」
あおい「はい。たとえばリニア誘導レールは全長12万km以上にもなります」
沖永「相当な重さだと思うんですが、重みでケーブルが切れたりしないんですか?」
あおい「私たちはケーブルのことを "クエルダ" と呼んでいますが、切れることはありません。
誘導レールもシールドも、静止軌道を挟んで独立して引っ張り合ってバランスをとっていて、
クエルダに負荷をかけていないんです」(説明図)
沖永「ああ……そういうことですか」
あおい「軌道局などの付帯施設は姿勢制御やコルチェアの乗り降りなどのためにクエルダに接触してはいますが、
滑車で触れている感じで、一切、クエルダにぶら下がって重みをかけてはいないんです。
クエルダ自体が動いているせいもありますが、基本的には、クエルダにしがみついて重みをかけているのはコルチェアだけです」
沖永「……なるほど」
あおい「軌道局に着くと、台車がリニアに換装されます。そこからは速いですよ」
沖永「広瀬さんは、アルパの膨大な情報がしっかり頭に入ってるんですねえ」
あおい「私も勉強したんですよ (^_^) 少々席を外しますが、
何かご用の時はその端末で呼べますから、お申し付けください」
上昇していくコルチェアの外観。


●シーン05連結されたコルチェアの別ブロック
航空機でいえばファーストクラスみたいな部屋。ブザー?かノックして、飲み物か何かを持ってあおいが入ってくる。中には男性の老人。
あおい「失礼致します。ご気分はいかがですか、ヒューズ様?」
ヒューズと呼ばれた男「ええ……大丈夫です。体が軽くなって、むしろ楽ですよ」
あおい「間もなくデブリシールドに入ります。
しばらく窓からの眺めが見づらくなりますので、ご承知おきくださいませ」
ヒューズ「そうですか」
あおい「ご用の時は、いつでもお呼びください」
ヒューズ「ヒロセさん……でしたか」
あおい「はい」
ヒューズ「この軌道エレベーターの居心地というか、働いていてどうですか?」
あおい「……心地良い方だと思います」
ヒューズ「あなたは、宇宙が好きでこの仕事に就いたのかな?」
あおい「特にそういうわけではございませんが……」
ヒューズ「宇宙に来た感想はどうですか?」
あおい「……実際に来てみて、好きになれました」
ヒューズ「そうですか。それは良かった…それくらいが一番いいんだろうなぁ」
あおい「……」
少し間を置いて、それ以上用はないようなので、出て行くあおい。
あおい「失礼いたします」


●シーン06中間の軌道局・高度約5000km
(真空のため無音)コルチェアが台車や装備を交換し、再び上昇していく場面


●シーン07コルチェア内・高度5000kmからちょい上くらい・就寝時間
照明が落とされ、みんな静かな客室。停止状態か定速運航時に感じる重力は地上の1/3くらい。
トイレ? か何かで席から移動し、これまで入ったことのない前方の方へ行く沖永。
扉か何かある。「関係者以外立ち入り禁止」みたいな表示。
沖永(M)『ここか?』
音もなくふわっと背後に寄ってくる影。気づかない沖永。
あおい「……沖永さん……」
沖永おわあああっっっ! (((;゚Д゚)))
あおい「……ここは一般のお客様は立ち入り禁止です。ご遠慮ください」
沖永「あーびっくりした。あ、いや、ちょっと気になって。ここは何ですか?」
あおい「ここも客室です」
沖永「ファーストクラスかVIPルームみたいなものですか?」
あおい「……お客様がご高齢で、お体に配慮した個室にご搭乗いただいています。これ以上はお話できません」
沖永「(少し挑発的に)……軌道エレベーターの草分け期に活躍した、ウィリアム・ヒューズ氏が乗ってるそうですね」
あおい「……」
沖永「うちの社からの情報ですよ。途中の軌道局で連絡した際に伝えてきたんです……あの、インタビューできませんか?」
あおい「私がお答えできることじゃありません」
無表情で睨むあおい。下げた右手に握られているものを見てギョッとする沖永。
第1章で使った凶器ヘアピン。
沖永「ちょっ……なんですかそれ?」
ツンとした表情でヘアピンを髪にさすあおい。
あおい「ただのヘアピンです。髪を整えている時に気配に気づいたものですから」
沖永(M)『必殺仕事人かよ……』
ギコギコと音がして、そのVIPルームの扉が少し開く。
ヒューズ「どうかしたかな?」
あおい「あの、寝台から立たれてはお体に……」
ヒューズ「いやあ、だいぶ体が軽くなって、何だか眠れなくてね。少し動き回ってみたくなったよ」
あおい「失礼いたしました。こちらのお客様が通路をお間違えになったようで」
ヒューズ「そうですか。(沖永を見て)日本の方ですか?」
沖永「あ、はい……あの」
あおい「(無表情で沖永を一瞥して)沖永さん、席にお戻りください。従っていただけなければ取材は中止です」
沖永「すみませんでした。戻ります」
残るあおいとヒューズ。
あおい「誠に申し訳ありませんでした。ですが、ヒューズ様もあまり客室から出て動き回らないよう、どうかお願いいたします」
ヒューズ「こちらこそ申し訳ない。ちょっと体力的に楽になってきて、はしゃいでしまった」
あおい「低重力環境のためですから。短期のご滞在とはいえ、減速時や地上に戻る時の負担が大変なんです。
決して体力や回復力が増したわけではありませんので、あまり消耗なさらないようにしてください」
ヒューズ「(微笑して)わかった。ごめんごめん。ところでさっきの人はマスコミの人かな?」
あおい「……ええ、そうですが」


●シーン08コルチェア内一般客室・高度7000kmより少し上くらい・地上時間の朝
客室に食事を配るなどするあおい。ある客室に、身なりの良い紳士然とした40代前半くらいの男性と、
かなり美男美女の秘書やお付きらしき青年、女性が座っている。
あおい「ほかにご入り用のものなどはありませんか?」
男性「いえ。お嬢さん、体が軽くなっていって、本当に天に昇る気持ちですね。
それでいて、かすかに落下もしているようにも思える感覚が、宙を泳いでるみたいでもある。
こんな体験は地上ではできませんよ。やはり軌道エレベーターはすばらしい」
営業スマイルを崩さないあおい。
あおい「ありがとうございます。アルパでのご滞在を心地良く感じていただければ何よりです」
あおいが去った後、連れの男女に語りかける。
男性「想像以上だ……やはり欲しいね」


●シーン09コルチェア内・一般客室・高度7000kmくらい・その少し後
外は真っ暗の宇宙だが時間は日中。チョコチョコパソコンをいじって原稿を書くなどしている沖永。
沖永(M)『現在、軌道エレベーター・アルパで成層圏より上に昇れる人数は1回に多くて数十人と、極めて限られている。
座席の順番は相当先まで埋まっており、キャンセル待ちも満杯だという。
観光施設ではなく、公共施設であるというのが建前だが、それでいて特等席は――』
停止もしくは定速状態で感じる重力は地上の1/4くらいまで減少しており、客室の出入り口側にあおいがトン、と降ってくる。
あおい「失礼いたします。あの、沖永さん」
沖永「はい?」
あおい「この前の、別室のヒューズ様ですが、お話したいと仰っています。どうされますか?」
沖永「私と?」
あおい「日本の記者さんだということで、ご興味を持たれたようです」
沖永「それは……願ってもないことですね。ぜひお願いします」


●シーン10ヒューズの客室
再びリクライニングチェアのようなもので休んでいるヒューズ。傍らにいる沖永、離れて見ているあおい。
ヒューズ「お呼びたてして申し訳なかったですね。お仕事中なのに」
沖永「いえ、私もお話を伺いたいと思っていました」
ヒューズ「ウィリアム・ヒューズです」
沖永「お名前は存じ上げております。軌道エレベーターの専門書を出されて、啓蒙活動もされていた方ですから。
私は真由都羽通信の記者で、オキナガです」
名刺か、あるいはもっと進歩した名刺代わりのデジタル情報のようなものを交わす2人。
ヒューズ「マスコミの方から見て、アルパは、いや現実のものとなった軌道エレベーターは、どう見えますか」
沖永「私の方が質問されるとは……そうですね、この分野の草分けの方に失礼かも知れませんが……」
ヒューズ「どうぞご遠慮なく」
沖永「私から見ると、軌道エレベーターが出来たからって、誰もが宇宙へ行けるっていうのは誇張に思えます。
依然として、特別な人しか使えてない」
ヒューズ「あなたも記者の特権で乗っている口でしょう」
沖永「確かにそうですね」
ヒューズ「それでも、以前よりは増えたでしょう。何よりも、私のような老人も許されるのだからね」
沖永「確かにないよりはいいですね。でも、現時点では格差を広げているように見えます。
予算を福祉や環境保護に振り分けろという声も依然として根強い」
ヒューズ「そういう切り口で記事を書くおつもりかな?」
沖永「まだ決めていません。とりあえずルポの材料を集めているだけです」
ヒューズ「……今はまだ1基しかないからね。将来沢山できれば、宇宙が当たり前の時代が来る。
それが望みでもあったんだが……」
沖永「何か問題でも?」
ヒューズ「たいていの人にとってはね、宇宙っていうのは地球の丸みが見える程度の高さでいいんだ。
どこまでも行きたい人なんて、一握りしかいないんだよ。宇宙開発なんて必要ないという人も沢山いる」
沖永「ここに昇る前に、そういう人たちからも話を聞いてきました」
ヒューズ「だから、そういう人たち向けに、一部を開放しておけばいいんだ。軌道エレベーターの真価は、観光じゃないんだから。
このアルパは、公共目的の機能が非常に充実している。そこを見てほしいものですね」
沖永「追い追い、取材で見ていくつもりです……ですけど」
ヒューズ「何か?」
沖永「その有意義な軌道エレベーターが実現したのに、ヒューズさんご自身はあまり嬉しそうに見えませんね。
長年の夢が叶ったのなら、もっと子供っぽく興奮したりするものかと思ってました」
少し感心したように沖永を見るヒューズ。じっと黙り込む。少し疲れたように見え、あおいが口を挟む。
あおい「お疲れのようですし、間もなく軌道局です。この辺で休まれてはいかがですか。
沖永さんも、よろしければ続きはまた……」
沖永「はい」
ヒューズ「ご婦人の言うことには逆らうものじゃないな。すまんね。取材に来たのだろうに、私の方が尋ねてばかりで」
沖永「いえ、参考になりました」
ヒューズ「ヒロセさんも、わがままを言って悪かったね」
あおい「いえ、お客様のご希望ですから」
沖永(M)『俺の希望は無視したじゃねーか (`□´)』
ヒューズ「私はここに1人でいるから、良かったらまた来てくれないか」
沖永「はい」
部屋の外に出るあおいと沖永。
沖永「ありがとうございました」
あおい「仕方ありません。お忍びでいらしていますが、たってのご指名だったんですから」


●シーン11道中。中間軌道局やコルチェア内
(ここからはショートカットの連続)
中間軌道局 "アポローン"(高度約8900km)の低重力施設にて。重力は月面と同じくらい。コルチェアは駐機中。
ほかの乗客と一緒に、施設内で訓練をさせられる沖永。
ぴょんぴょん跳んだり、体操みたいなことや、体を丸めたり、色々。不慣れで難儀している沖永。
沖永「なんでこんなことするんですかあ?」
あおい「ここは月面体験の施設でもあるんですが、レクリエーションを兼ねて、
静止軌道まで行かれるお客様に、無重量に備えて訓練していただいてます。
頭をぶつけたりしたら、命にかかわりますから。ここで気が済んでお帰りになるお客様もいますよ」
上昇するコルチェアの外観。ヴァン・アレン帯の外帯シールドに囲まれて機体が隠れる場面。
その他、だんだん重力が弱くなって身軽になっていく場面など数カット。
さらに上の軌道局 "フルヴェン"(高度約2万3000km)にて。
沖永「広瀬さんの制服……ちょっと変わりました?」
制服の下に、ぴっちりとしたスキンタイトスーツを着ているあおい。
(タイトスーツは野尻抱介氏『ロケットガール』のイメージを参考にさせていただきました。
それをもっと発展させて薄くしたようなもの。上に着ている制服は、
ガールスカウトか、『機動戦士ガンダム』の地球連邦軍の女性士官みたいな感じで、
キュロットスカートをはいている)
あおい「ええ、あともう少し上昇すると、コルチェアが脱落しても再突入の心配がなくなります。
このため、私を含む乗務員は、EVAに備えて制服の下に体に密着した気密服を着るんです。
お客様用の船外宇宙服も積み込みます」
首に巻いているスカーフを、指でちょっとめくって見せるあおい。金属の部品が見える。
あおい「ほら、スカーフで隠してますけど、これヘルメットのジョイントです。手首にも」
沖永「なるほど。そういえば、さっき窓から見えたんですが、
別のコルチェアに追い越されませんでした?」
あおい「貨物用だと思います。無人機だから速いんです」
沖永「何を運んでるんですか?」
あおい「この時間だと……(手持ちの端末を見ながら)放射性廃棄物でしょうね」
沖永「放射性廃棄物?」
あおい「原発や核実験で出た核のゴミを、アルパの末端の高軌道スリングシステムから捨ててるんです」
沖永「ああ、勢いがついて飛んでいくんだそうですね」
あおい「アルパの上の方はエレベーターのリニア機構を利用したマスドライバーになっていて、
リニアブースターで足りない分の加速を補って、太陽系の脱出速度に到達させています」
沖永「そんなことして大丈夫なんですか?」
あおい「現に注文があるので。これもアルパのサービスの一つですから」
沖永「宇宙に捨てるって、学者や環境保護団体みたいなのから反対の声とか上がらないんですか?」
あおい「注文主は主に核先進国ですが、地上に置いておくよりいいと思ったんでしょう。もう世論も慣れたみたいです。
アルパの出資国は、補助金を出して宇宙投棄処分を進めるよう、色んな国に働きかけてますし」
沖永(M)『公共機能か……』


●シーン12コルチェア内・ヒューズの客室
またヒューズの話を聞きに来ている沖永。
ヒューズ「――そりゃあ、軌道エレベーターにも欠点や問題点はあるよ」
沖永「たとえば?」
ヒューズ「最大の問題は、人工衛星の運用が大きく制限されることだね。ほとんどの衛星が衝突してしまうから。
だから、ARPA社は衛星の機能を代替するサービスをしたり、補償金を出したりしている」
沖永「ほかには?」
ヒューズ「良くも悪くも、競争を停滞させることだろう」
沖永「停滞?」
ヒューズ「どんな分野も、発展は競争によって活性化されるものだよ。だが宇宙開発はARPA社がほぼ市場を独占してしまった。
お陰でロケット技術者が沢山職にあぶれたそうだよ。そこにテロ支援国家などが目を付けて人材が流出して、
ミサイル開発に協力させられてるというニュースも聞くよ。
もっとも、ちゃっかりその動向もアルパのリングから監視してるけどね。まあ、もっと建てばまた変わってくるとは思う」
沖永「なるほど。ところで、この前の続きをお聞かせ願えませんか? あなたご自身のアルパへの感情です」
間。
ヒューズ「……私は世間より少し早く軌道エレベーターに着目して、価値を知ってもらいたくて記事や本を書いた。
仲間と色んな支援活動や研究もやった。楽しかったよ」
沖永「ヒューズさんたちは軌道エレベーターの周知に一役買ったと思います。
この分野の歴史をひもとく時、必ずお名前が出てきます」
ヒューズ「でも結局それだけだったよ。我々は専門の学者や技術者でも、軌道エレベーターを造る仕事集団でもなかったから、
軌道エレベーターの宣伝屋になっただけだった」
沖永「……」
ヒューズ「アルパの計画が決まった時、私たちの存在はまったく顧みられなかった。
世間の関心もアルパに移って、君のようなマスコミも来なくなった。でも、すべては知ることから始まる。
まずは知ってもらわなくちゃいけなかった。そのことは間違っていたとは思ってない」
沖永「私も書いて伝える商売ですから、わかります。でも、まったくアルパ計画にかかわらなかったのですか?」
ヒューズ「まったく必要とされなかったんだ。私たちが長い間活動してきて実現のきっかけさえつくれなかったものを、
沢山の専門家や第一人者が集まって、私たちはそっちのけで完成させてしまった……
軌道エレベーター実現の最大の問題は何だったか知っていますか?」
沖永「素材だと聞いています」
ヒューズ「そう。ARPA社は人と技術を結集して、あっという間にクエルダを開発した。何でもあなたの国で発見されたという噂だが、
その辺は企業秘密らしい。だがそれだけじゃない、もう一つ大きな壁があった」
沖永「何ですか?」
ヒューズ「静止軌道から、最初の1本を地上に張る方法だよ。宇宙にはどこにも足場がないから、
衛星から上下に糸をのばしても自分の方がフラついてしまって、潮汐で十分な張力が働く長さまで、ピンと張ることが難しいんだ。
ところが驚いたことに、アルパはこの問題も、まったく新しい理論をぶち上げて、クリアしてしまった。
そして出来たものは、私らが想像や提言していたものより、はるかに充実した、想像力と技術の粋のようなものだった」
沖永「それがご不満なのですか?」
ヒューズ「自分勝手だよなあ。実現を願う気持ちは誰にも負けないと思っていたが、
自分のあずかり知らぬ処で現実のものになると、置き去りにされたような気持ちになってね。
式典に呼ばれたり、顧問のようなポストをもらったりはしたが、名誉職の肩書だけだ」
沖永「夢や理想が、いつの間にか強迫観念みたいになってしまうのは、よくあることです」
ヒューズ「……そうかもなあ。気がついたら歳をとって、草分けだった頃の同志もみんな先に逝ってしまった。
『いつか軌道エレベーターで宇宙に連れて行く』なんて言ったことも守れなかった。私が乗せてもらう立場だ」
沖永「それでも、宇宙へ来れたのは、皆が功績を認めているからです。
念願だったのでしょう? お気持ちはいかがですか?」
ヒューズ「やっぱり悪いはずがないよ。長年の夢だったから。ただ、夢はかなってしまうと、どこか輝きを失ってしまうものだね……
これでもう夢も残ってない、何かを残すこともできなかったんじゃないかってね」
沖永「夢の後、ですか……」
ヒューズ「みんな、ここに来たかったろうにな……」
黙って見ている沖永。遠巻きに控えているあおい。
ヒューズ「何か、年寄りの愚痴になってしまった。申し訳なかったね」
沖永「いえ、意外ではありましたが、有意義なご意見でした」
ヒューズ「最後に一つだけ、今後もアルパの取材をやるなら、老人のざれ言だと思って聞いておいてほしい」
沖永「何ですか?」
あおいの存在を気にして、顔を近づけて声を落として話すヒューズ
ヒューズ「アルパは素晴らしい。だが、完璧過ぎる。技術的なことじゃない。ARPA社を動かしている何かだ。
何か……ソツがなさ過ぎるんだ」
沖永「ソツがない?」
ヒューズ「史上初の軌道エレベーターだ。もっと迷いや試行錯誤があっても良さそうなものだ。
でも、まるで最初から完成したオーケストラを奏でているみたいだ。
上っ面が完璧過ぎて、別の顔があるように思えてならない」
沖永「……覚えておきます」


●シーン13静止軌道局 "アムピオン"
やっとこさアムピオンに到着するコルチェア。
わずかな乗客は皆、首にムチウチ治療のコルセットみたいなものや頭巾を装着。
あおいの先導で、コルチェアから出てくる沖永やほかの乗客。
あおい「皆様、どうぞこちらへ。急な動きはお控えください」
通路ブロックに保安課長のラウル・ラフマン・シンがいて、一般客のために避けたのに気づくあおい。
あおい「(小声で)お疲れ様です、チーフ。皆様の安全管理、お願いします」
うなずくラフマン。あおい、沖永の後に続いて、上述の紳士風の男ら数人の客が流れてくる。
一瞬、目が合うラフマンと男。すぐにラフマンの目の前を通り過ぎていく。
沖永「(頭巾などを指して、先導するあおいに)これ、なんとかなりませんか」
あおい「訓練しても、どなたも最初は絶対どこかぶつけるんですよ。安全のためにしばらくは付けていただきます」
沖永「ハー (´□`;) ……広瀬さんは、自由自在に動き回れるんですねえ」
あおい「ただの慣れですから (^_^)」
沖永(M)『(後ろからちょっとあおいの体つきを盗み見て)……まるで人魚だな』
窓から発着場を見ると、貨物用のコルチェアが係留されている。
沖永(M)『ああ、あれ、こないだ追い越してった貨物便か?』
貨物をおろしているように見える。
沖永(M)『末端まで直行しないのか』


●シーン14アムピオン内・各ブロック
アムピオンの職員に取材する沖永。あおいは、取材中は時折席を外し、
終わった頃に次へ付きそって案内という感じで、ほかの客との間を行ったり来たり。
技術開発課にて。チャラそうな感じの科学者に紹介される沖永。
あおい「アルパの建造計画を担当された、トニー・カーン博士です」
沖永「よろしくお願いします」
カーン「やあよろしく。取材に合わせてここへの滞在スケジュールを調整したんですよ。
僕は建造プランの総合マネージャーみたいなもんで、細かい部分は各部署の仕事になるけど」
沖永「結構です。アルパを造る上で一番大変だったのは何ですか?」
カーン「よくぞ聞いてくれた! そりゃあもうプライマリーラインの確保だよ!
それまでの方法じゃだめで、僕は先に――」
マシンガンのように喋りまくるカーン。引き気味の沖永。少しばつの悪そうなあおい。
沖永「様々な衛星の運用を制限してしまったわけですが、技術的に共存はできなかったんでしょうか?」
カーン「そりゃ政治的問題だねー。技術的にすり合わせができたのはわずかだね」
沖永「多くの衛星を回収するか落とすかしたそうですね」
カーン「別にいいじゃん」
沖永「……」
カーン「君たちマスコミは、経済のゼロサムゲームに問題を置き換えて、
アルパのせいで多くの衛星が無駄になったとか、ロケット産業が衰退したとか、
建造資金で環境を改善できるとか、飢餓を救えるとか言うんだろうね。
でもそれ全部、アルパ計画がなければ解決してたのかな?
ARPA社の出資者たちは、産業保護や、慈善活動や救済に金を回したかな? もしそうならとっくにやってただろ?」
沖永「……」
カーン「僕はやりたいことがやれたからそれでいい。それを必要とする人の需要にも応えてプロの仕事はした。
それだけ。結果として、こーんな面白いものができたんだから!」
沖永「はあ」
カーン「まだまだやってみたいことが、やらなきゃならないことが山ほどあるんだよ! 今後の展開を見てなさいって。
その辺あることないこと、面白く書いてちょーだい」
沖永「いえ、『ないこと』はちょっと (´・ω・`)」
また喋りまくるカーン。
インタビュー後、通路ブロックを漂うあおいと沖永。
沖永「エネルギッシュな方でしたね」
微笑するあおい。
沖永(M)『まあ、あれくらい自己中でないと、大事業なんてできないのも事実だ』
工廠ドームにて。ここだけはブロックユニットではないので中が広く、
技術者たちがフワフワ泳ぐように動きながら、宇宙機の組み立てをしている様子。
それを見学用スペースのガラス?越しに見る沖永。
技術開発課員のイーサン・ハリスが説明している。
ハリス「ここでは、静止軌道の環境を利用して、宇宙機の組み立てや補修などをしています。
完成したらもっと上に運んで、高軌道スリングで射出するか、
1万kmほど下の軌道局のフルヴェンから低軌道フォールさせて、地球周回軌道に乗せたりします。
無重量ですから大型のものも造れるし、地上から打ち上げる必要もなく、振動で壊れる心配もありません。
もともと、宇宙機のトラブルは、打ち上げ時の爆発や墜落、振動が一番の原因だったんです。
その過程をパスできるのですから安全で、アルパから軌道投入に失敗した例は、今のところありません。
このほかに、様々な実験や開発も行っています」
沖永「(窓の向こうをを指さし)あれは何か造ってるんですか?」
ハリス「小惑星探査機 "はにゃぶさ33" です」
沖永「はにゃぶさ……いくつですって?」
ハリス「33 (・∀・)」
沖永「はにゃぶさって、そんなに続いてたんですか!?」
ハリス「宇宙機の軌道投入は、アルパの本格運用の前から優先されていて、部分的に完成し次第すぐに始まったんです。
それで最初に軌道投入された探査機が "はにゃぶさ11" でした。
それから沢山射出したんですよ。はにゃぶさはネームバリューがあるから、片っ端からその名前にしたらしいです。
お陰でインフレ状態になっちゃって、世間にはもう注目されなくなっちゃいましたけど、はは(笑)」
沖永「いくら1号機が人気出たからって、何でもかんでもはにゃぶさにしなくても……」
ハリス「宇宙機の軌道投入や回収は、アルパの重要な事業の一環ですから、33でも100でも飛ばしますよ」
沖永「技術者の方々としては、今の状況をどう受け止めてますか?」
ハリス「非常にありがたいですよ。アルパと共存する人工衛星も、ここで補給や修理ができるので長寿命化しました。
一方で、アルパやリングを経由して制御や通信、電力供給もできるので、トランスポンダやパドルが簡易化できています。
運用前の曝露実験もできますし、ひと昔とはまるで変わりました」
沖永「そうですか」
ハリス「ほかにも、新しい合金や医薬品の実験などもやっています」
観測研究課ブロックて。
あおい「観測研究課の、アダム・スコット博士です」
インタビューに答えるスコット。傍らには課員のアル・ハムザが控えている。
スコット「まあ、昔の "ハッブル" や "ウェッブ" のような宇宙望遠鏡による観測が、
もっと大規模にできるようになったといったところですか。
オービタルリングには、かつての観測衛星の代替をする設備が付いてますし、VLBI望遠鏡も備わっています。
昔とは比較にならない天測が可能になりましたよ。もちろん地上の観測も」
通路のブロックにて。
沖永「広瀬さん」
あおい「はい?」
沖永「以前、ここでテロ事件が起きたという噂を聞いたんですが」
あおい「アルパに対するテロ計画は何度か発覚してますが、いずれも未遂に終わっています」
沖永「壊そうとしたんですか?」
あおい「たいていはそれ以前ですね。犯人が軌道エレベーターの基本構造を理解してなくて、勘違いしてるんです。
静止軌道局が地上に落ちるとか、クエルダの根元を切ったらアルパ全体が宇宙の彼方に飛んで行くとか……」
沖永「切ればいいというものではないんですね」
あおい「確かに引っ張る力の方が強いですが、根元を切ってもずっと飛んでいくのは力学的にありません。でもそれ以前に、
クエルダが破断した場合、ムーサが高度に応じた事態収拾のシークエンスを発動させるようになっています。
ただ、標的になる可能性は常にありますから、潜入型の犯罪の防止は、地上でのチェックにかかっていますね」
沖永「外からの攻撃は?」
あおい「成層圏あたりまでは、地上局に駐留している条約軍が防衛しています。それより上は、
軍もASAT兵器を持ってはいますが、宇宙での軍備は国際法違反になるので、
デブリシールドやムーサの制御、その他色んな手段も使って防衛することになっています。
でもその前に、アルパを攻撃するための武器や人を、軌道エレベーター以外の手段で宇宙に打ち上げたら、
オービタルリングの観測網が捉えるでしょう」
沖永(M)『ヒューズ氏の言ってた監視というのはそういうことか』


●シーン15アムピオン内・管制課ブロック
管制課ブロックに入ってくるあおいと沖永。静止軌道局長(コマンダー)のケネス・マッケイに紹介する。
あおい「コマンダー、こちらが日本の真由都羽通信社の……」
緊急地震速報のようなアラームが鳴り響く。管制課員がアナウンスをする。
管制課員A『通達。南緯○度×分、東経○度×分付近の上空で、地磁気による電離層の攪乱とVLF帯の急激な減少を確認』
表情を変えるマッケイ。あおいたちを向いて、
マッケイ「失礼、すまんが取材は後だ。(課員に向き直り)当該域にジオサット機器を集中させてくれ」
管制課Bがインパネをごちゃごちゃいじって答える。
管制課員B「最近のデータと比較して、ジオイド標準面からの高低差が増えています。海面膨張ですね」
マッケイ「満潮じゃないな?」
管制課員B「潮位の誤差は修正済みです。海底の岩盤隆起の可能性があります」
マッケイ「地震発生の兆候と見なせるかムーサに解析させて、
"オルフェ" を通じて当該区域の政府や自治体に警報を出せ。
体制を整える。休憩中の管制課員も集合。軌道上からの援助プランを作成する」
じっと見ている沖永。あおいが管制課ブロックの外に連れ出す。
沖永「何があったんですか?」
あおい「多分……オービタルリングの観測機器が、地上の地震の予兆をとらえんだと思います。
こういう時は影響がありそうな地域に連絡して、集中して観測データを提供するんです。
運が良ければ、最短で4、5時間くらい前に地震の予測ができるそうです」
沖永「どこですか? 規模は?」
あおい「私もすぐにはわかりません。落ち着いたら場所や地震の規模など、詳しいことをご説明します」
ハッチ越しに、ちらっとこちらを見たマッケイに、あおいが(撮影はOK?)とジェスチャーで訪ねる。
指を丸めて(少しくらいなら)、と応じるマッケイ。
あおい「業務の差し支えにならない限り、課の外側から撮影してもよろしいですよ」
遠巻きに撮影する沖永。
沖永「大地震が起きたら、アルパでもやることがあるんですか?」
あおい「少しでも被害を減少させるために、観測体制を集中させて情報提供するのはもちろんですが、地域によっては、
救援物資や人員を成層圏プラットフォームや中間軌道局に荷揚げして、再突入機で現地に運ぶこともあります。
先日申し上げた地上からの直行便は、こういう時などに使うんです。あと、けが人や急病人の軌道上への搬送とか……」
沖永「けが人?」
あおい「全身やけどで、寝ているのも苦しい方だとか……宇宙酔いにならない程度のスピードで搬送することを想定しています」
沖永「そんなには運べないでしょう?」
あおい「地上局に運べる範囲の方のみですね。周辺国との交換協定で、こちらも医療データを採取します」
沖永「それでも、1人でも救えないよりはいいと?」
答えずに無表情。意見をするのは私の仕事ではない、という感じのあおい。


●シーン16アムピオン内・キューポラのブロック
キューポラを独占し、1人で地球を見ながらたたずんでいるヒューズ。
ヒューズ(M)『なあ、これで、良かったのかな?』
ブザーかノック?がして、ヒューズがどうぞ、と反応する。男が入ってくる。
「失礼。僕はARPA社技術開発課の、トニー・カーンです」
ヒューズ「何かご用かな?」
男=カーン「あなたがいらっしゃると聞いて、取材にこじつけて無理やりアムピオンに来るスケジュールを調整したんですよ。
僕は、アルパの総合建造プランを担当しましてね。静止軌道からのデプロイメントを考案したりしました」
ヒューズ「ほう、あなたが……」
カーン「いやあ、僕はこういうのをひねり出すのが好きで。でも苦労したんですよ、最初は――」
――などと、空気を読まずに調子こいて得意げにあれこれとぺらぺら喋りまくるカーン。
ヒューズが少しウザそうにしているのに気づくと、ちょっと自制する。
カーン「失礼しました。僕はつい、相手の気分を考えずに喋ってしまう性質で……それで、その」
懐からぼろぼろの本を出して見せる。
カーン「あの……この本にサインをいただけませんか」
ヒューズ「これは……」
カーン「あなたの著書ですよ」
ヒューズ「紙のものなど残ってないと思ってたよ」
カーン「私はこれを読んで、軌道エレベーターを知りました。心打たれて、虜になったんです」
ヒューズ「……」
カーン「だから、あなたにアルパに来てほしいと思っていました」
ヒューズ「私に?」
カーン「あなたを見せたかったからですよ。 あなたが著書で描いた以上の軌道エレベーターを造ってみせる、とね。
でも結局、行き詰まると常に原点に戻って、この本を何度も読み返しました。
あなたがいなければ、アルパが出来るのはもっと遅かったでしょうね」
カーンをじっと見つめるヒューズ。
カーン「私だけじゃない。アルパにかかわった人たちで、あなたの著書がきっかけになった人たちは沢山いますよ」
じっと本を見つづけるヒューズ。ゆっくりとサインをして、握手をする。
カーン「ありがとうございます」
出て行こうとするところで、振り返るカーン。
カーン「あなたがきっと、アルパの姿に、納得いかないものを感じていることも想像できます。
ですが、いずれわかっていただける時が来ると思いますよ」
再び1人になり、目を閉じるヒューズ。


●シーン17アムピオン内・管制課ブロック
騒動が一段落つき、ケネス・マッケイに話を聞く沖永。
マッケイ「いきなり最良の選択はできない。少しでも、ベターを積み重ねていくしかない。
アルパは常に成長して、機能を拡充しています。恩恵を受ける人は、増えることはあっても、減ることはないでしょう。
軌道エレベーターに完成はないんですよ。意義は、まさにそこにあります」
沖永「ありがとうございました」
管制課ブロックの外へ。
あおい「沖永さん、先ほどの地震の支援体制が整ったそうです。
地震そのものをなくせるわけではありませんが……」
沖永「そうでしたか、それは良かった」
あおい「満足のいく記事が書けそうですか?」
沖永「色々案内してくださって感謝してます。だからこそ率直に言いますが……
やっぱり、まだまだ一部の人だけのものかなあ、っていう気がしてます。
せめて大型旅客機や客船並みにならないと……」
あおい「そうですか」
沖永「気を悪くされたらすみません」
あおい「いいえ。私は自分の仕事をするだけですし、内容について意見する立場でもないです」
間。
あおい「あの、沖永さん」
沖永「はい?」
あおい「先ほどコマンダーが、アルパは成長していると申しましたが、
アルパを構成するクエルダそのものが、常に太く成長しているんです」
沖永「?」
あおい「7本のクエルダの地上の端は工場につながっていて、工場はクエルダを途切れなく、少しずつ太くしながら生産しています。
一方で、クエルダは静止軌道より外側に飛び出そうとする力が少し強く設定されていて、
常に下のクエルダを引っ張り上げる力が働いています。
この力で、生産されたクエルダをトコロテン式に引きずり出し続けていて、少しずつ太く拡張されていってるんです」
沖永「へえ……そうなのですか」
あおい「先端ではクエルダを巻き取って、溜まったら地上に戻して再利用します。そのせいで全長は常に少しずつ変化しますけどね。
太くなるのはナノメートル単位のわずかな傾斜の変化ですが、これにより、クエルダを常に新陳代謝させて、
メンテナンスや交換の手間を省くとともに、アルパ全体の大型化・強化が常に図られています」
沖永「それは知りませんでした」
あおい「……ですから、将来は沖永さんの仰るような、たくさんの人を宇宙へ運べる時代が来るはずですよ」
考え込む沖永。
あおい「取材は一段落でよろしければ、あとはフォールの時間までお休みください。
私は少し外しますので、これから後は、一般乗客向けのブロックから出ないようにしてください」
泳ぐように流れていく。離れながら一言。
あおい「頭のギアは、まだ外しちゃだめですよー」
沖永(M)『……まだまだこれからだ、ということか』
しばらく後、コルチェアに乗り込む沖永。下っていくコルチェア。
アムピオンの外観。


●シーン18ある集会場のような場所
礼拝堂のような空間に、大勢の人が集まっている。大仰に演説している男。
顔は暗めでよく見えない。
「軌道エレベータ-・アルパは、人類に福音をもたらす奇跡の塔になるでしょう。
私どもとしても、あの塔を支援していくのが天命です。人には誰も、天から与えられたミッションがあるのです。
自らに与えられた天命を果たしましょう。さもなければ、その罪は私たち自身に災いとなって返ってくるでしょう。
きっと天は私たちに罰を与えるでしょう。私にはその様子が手に取るように見えます。
それを避け、人類を至福に導くために、自らの天命を果たすのです」
男の言葉に陶酔している聴衆。


●シーン19真由都羽通信東京本社
配信され、契約社の媒体に載った沖永の記事。
上司「上手に両論併記できたな。ヒューズという人のシニカルな意見もいいアクセントになってる」
沖永「ありがとうございます」
上司「行って良かったろ」
沖永「色々知ることができたのは確かに良かったです。アルパには今後も関心を払い続けないといけないですね」
上司「(ニヤニヤして)随分変わったな」
沖永「彼等が言うだけのことをやれるか、見届けるためですよ」
バイトか誰かが手紙を持ってくる。
バイト「沖永さん、手紙が来てますよ」
封書の宛先に『軌道エレベーター・アルパ連載記事の執筆者様』と書いてある。
沖永「今時紙の手紙で? また古風な(封筒を見て)差出人なし……タレコミか?」
(文面)『軌道エレベーター・アルパについての配信記事を拝見しました。
あなたの記事はアルパの核心に踏み込んでいない。真相を調べて報道していただきたい。
ARPA社は宇宙に核兵器を持ち込み、軍事利用しようとしている』
釈然としない表情の沖永。
●シーン20アムピオン
アムピオンの外。アーム付きの移動ブロックを使ったEVA。核のマークの付いたコンテナブロックを、
オービタルリングに沿ってアルパの西側=軌道エレベーター "アルコ" の方へ運んでいく。


第2章 了

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