第3章

トップへ戻る (M)=モノローグ(心の中で思っていることか独り言)
●シーン01ある喫茶店かレストランの中・過去
喫茶店かレストランかどこかで、男女が向かい合って話している。
美男美女で、上品そうな感じ2人。男の方は、第2章で少しだけ登場した秘書っぽい人。
女に向かって腹立つくらいイケメンの笑顔を注ぐ男。
「やあ、君の方から誘ってくれるなんて嬉しいなあ。
きょうこそいい知らせを聞けると思ってとんできたよ」
「あ、あの……私、OA(オービタル・アテンダント)の試験、駄目だったみたいで……」
優しそうな顔がみるみる不愉快そうになる男。
「何だって、落ちたのかい?」
オドオドと卑屈に話す女。
「あの……その……OAって男性並みの運動神経とかも求められるらしくて、私……」
「誰に決まったの?」
「日本の人。最初の採用はその人だけで……詳しい経歴は知らないけど……」
「それ、どんな人?」
「誰も知ってる人いなくて、よくわからない。強化人間だとかサイボーグだとかみんな色々噂してるんだけど……」
「何それ? (´・ω・`)」
「私、体技ではかなわなくて……その人に……ちょっと……助けられたこともあったりして……」


●シーン02軌道エレベーター "アルパ" 静止軌道局 "アムピオン"・女の回想
ARPA社のOA選抜課程でのEVA適性試験。
訓練係「OAは、万が一軌道上でコルチェアからの退避が必要になった際、EVAによる乗客の誘導を行う可能性もありえます。
室内での無重量訓練は受けていただきましたが、それを踏まえた皆さんの適性を見るため、
オービタル・スペシャリストとしてのEVA試験を受けていただきます。では、順番にここからこうして、
ああしてこうしてみてください」
幸村誠氏の『プラネテス』の木星行き選抜試験をゆるめにしたみたいな感じのテストを適当に数カット。
順番を待ちながら、緊張している女。
女(M)『マジ? アテンダントなのに、こんなことやるの?』
順番が回ってきて、テストに挑戦するが、うまくいかない。
「あれ? あれ? 壁が……どっち?」
最後は悲鳴になりかけていて言葉になっていない状態。
戻るべきアムピオンの外壁を間違えてけり飛ばし、くるくるとあさっての方向に飛んでしまう女。
悲鳴を上げてパニックを起こす女。
不備があったのか、命綱が巻き付いて締め上げそうになっているのに気づく周囲の人々。
本人はパニクって気づかない。
訓練係「いかん」
追いつこうとして、現代のSAFERのような内蔵MMUを作動させる仕草をする訓練係。
そこへ、飛んでいきそうになる女に向かって、自分の命綱を確認してから、別の受験者がタッ(無音)と飛んでいって抱え、
自分の命綱がピンと張った反動で戻ってきて、MMUも併用してフワっと舞い降りるように外壁に立つ。
ヘルメットをくっつけて話す受験者=広瀬あおい。鏡面越しにわずかに表情が見える。目がグルグルでヘベレケ状態の女。
あおい「もう大丈夫、落ち着いて。戻れましたよ」
落ち着いた微笑のあおい。一方礼を言う余裕もない女。
感心して見ているほかの受験者や訓練係たち。


●シーン03再び喫茶店・回想終わり
「フン」
「あ、でもARPA社に入れることは決まったんだ、地上勤務の枠だけど……」
「CA辞めてグランドじゃ、格落ちもいいとこじゃないか」
男の言葉がグサグサ刺さって、プライドがガタガタに傷つく女。
「……残念だよ、君が最初のOAになって、僕はその第一便に乗って君に案内してもらう。
そこでプロポーズとか、そんなことを考えていたんだがなあ……
それが僕たちの天命だと思っていたんだけどなあ」
「でも、でも、私きっと転課してアテンダントになってみせるから」
「(嘲笑するように)その頃には30超えてるんじゃないの」
「(屈辱で顔を下に向ける)……」
「残念だよ……本当に残念だ。君とこれっきりなんて」
「そんな!」
席を立って店を出て行こうとする男。
「待って、お願いだから!」
冷めた目で一瞥くれて去っていく男。
取り残され、泣き出しそうな女。派手な別れ話に周りがドン引きしつつチラチラ見る。
女の顔のアップ。ヨヨと泣き出しそうでもあり、怒りも悲しみも屈辱も入り交じった表情。


(T)サブタイトル『ライトスタッフ』


●シーン04モルディブ共和国・ガン島特別行政区・現在
島の俯瞰。沖合には、軌道エレベーター防衛にあたる軍艦やヘリなどが見える。
天気は快晴。ガン島沖につながる、東京湾アクアラインのような海上橋(現代のアッドゥ環礁リンクロードを発展・延長したもの)
を進む列車あるいはバス。海上橋の先には人工島。空に向かって軌道エレベーターが伸びている。
駅?に到着して、下車する広瀬あおい。色々通路を抜けたりして、
アルパの地上局 "オルフェ" に隣接するARPA特区本社ビルへ行き、アルパを見上げながら、職員通用口へ。
あおい「おはようございます。きょうもお疲れさまです」
警備員「おはようございます、ミズ・ヒロセ。休暇明けですか」
――などなど、適当な会話を交わして、通行証やバイオメトリクスなど、何重もの認証を経て室内へ。


●シーン05本社内・会議室
保安課、調査課などの合同会議。
入室してくるあおい。ラウル・ラフマン・シン、ジョシュ・ライアンその他保安課や他課の面々がいる。
あおい「おはようございます」
皆とあいさつするあおい。各々資料を広げたり、準備したり。
時間が来て、会議を始める。
ラフマン「そろってるな」
ジョシュ「パリ本社(ARPAはパリ本社とガン島特区本社の2本社制です)、各軌道局とも回線開いてます」
ラフマン「では、会議をはじめる。ルイス、まず概要を頼む」
中央の画面、もしくは各自のPCか何かで図示などを見せながら、
説明を始める保安課主幹ルイス・メンデス。
メンデス「はい……進行役を務めます、保安課のルイス・メンデスです。この会議の内容は各課内秘ですのでよろしく……
先月、アムピオンで破壊工作が行われたことはご存じの通りです……」
あおいの近くの席に座り、覇気のないメンデスを見て、あおいの方につぶやくジョシュ。
ジョシュ「メンデス主幹、最近元気ないね」
あおい「(小声で)体調でも悪いんでしょうか……」
メンデス「えー…注文を受け衛星を回収した宇宙機 "アコルデ" がアムピオンに戻る途中……ドリフト軌道遷移後にコントロールを失い、
衝突の危険に直面しました。これに対し軌道エレベーター "アルコ" が発動、
これを実力排除しました。詳細は……情報が下りてきていません。ともかくも危機は回避しました」
モブ出席者A「原因は?」
質問に答えるように、男性の顔がスクリーンに映る。
メンデス「ニコラス・ベイカー、33歳。元技術開発課員です。アコルデのメンテ担当でしたが、
彼がアコルデのプログラムに手を加えたと、認めています。
ちなみに、機体はアルコの武器に分断された後、回収はしたらしいのですが、
事件後に上層部の判断で運ばれてしまったので、運用部で調査はできていません」
調査課員B「こっち(総務部)でもね」
ジョシュ「アルパ全体を制御している演算システム "ムーサ" は一切いじられてませんでした。
普通に回収機の受け入れをしようとしていただけです」
メンデス「なお、犯行が発覚しそうになると、保安課員を1人、人質にとって逃走を図ろうとしましたが、
返り討ちにあって、その……半殺しにされました」
笑い声。苦笑して少しうつむくあおい。
モブ出席者C「動機は?」
調査課員B「それは調査課から話しますが、結論から言えばわからない……我が社は内々に済ませようとしましたが、
一応特区警察に報告だけはしました。向こうは立件を狙ったようで、身柄は検察に移ってるんですが、
取り調べに対して支離滅裂だという話です。どうも精神的にイッちゃってるみたいで、
起訴できなくて、勾留期限が過ぎた後は入院してます。
背景事情を調べても、思想的にも、金銭、怨恨などでも、理由が見つからない。
アルパに反対する団体ともつがなりはなし」
モブ出席者C「クスリでもやってたのかな?」
ジョシュ「犯行後に現場で簡易検査した時には、向精神薬などの薬物の反応はなかった。
我が社の上の方としては、精神障害か何かで片付けたいみたいですね」
ラフマン「『天命』とか言ってたな」
調査課員D「供述でもそれを繰り返してるらしいですよ。
その天命ってやつなんですが……関係あるとしたら、"天命教" かと」
モブ出席者C「天命教?」
調査課員D「天命教ってのは俗称です。正式名も "ヘヴンズ・ミッション" とか "フェイタル・ミッション" とか短期間に変わってて、
普段は "ミッション" とか名乗ってます。『使命』や『天命』『作戦』とかいう意味のミッションと、
『使節』『使者』を意味するミッションをかけて、個々の信者というかメンバーのことも
ミッションって呼ぶことがあるとか」
モブ出席者E「ああ、聞いたことあるよ。最近支持者が増えつつあるとか。
マレ(モルディブ共和国の首都)にも支部だか支所だかできたんじゃなかったか?」
モブ出席者F「新興宗教?」
調査課員D「当人たちは宗教じゃないって言ってる。確かに宗教法人じゃない。
元々は自己啓発セミナーみたいな集まりから発展したとか……
発祥は日本で、代表も日本人だそうだ」
ジョシュ「日本……ヒロセは何か知ってる?」
あおい「いいえ。名前を聞いたことがある程度です」
調査課員G「でも、警察も検察も調べたけど、ベイカーはメンバーじゃないらしい。
セミナーの参加経験とか、ネットで感化されたとかまではわからないが」
調査課員H「そのミッションとやらの方も無関係だと言っているそうだ。迷惑がってる」
調査課員D「それに、ほかの宗教団体みたいに『教義に反する』とか『神への冒涜』とか言って、
アルパを目の敵にはしてません。むしろ意義や価値を認めているという話です……ただ」
ラフマン「ただ?」
調査課員D「最近、終末思想を吹聴しだしたという話も伝わってきてます」
メンデス「終末思想って、マヤ歴がどうとか、ノストラダムスの預言とか、ああいうやつ?」
調査課員D「そういうオカルトじみたものじゃなくて、怠惰にしてるとしっぺ返しをくらうとか、天罰程度のものらしいけどね。
とにかく、今回の事件とは、直接の関連は見いだせないですね。彼等にも得がない」
間。考え込む一同。
メンデス「経緯の情報交換は以上です」
ラフマン「私たちの仕事としては、事件の背景はわかった方がいいが、重要なのは再発防止策だ。
調査課は、新たな情報があったら提供をお願いしたい。
人事には、思想調査をもっとしっかりやってもらうよう働きかける。
保安課は当面の方針としては、地上警備にも協力してもらって、持ち込む荷物の検査を徹底。
軌道上に出る職員は原則2〜3人1組で行動して、相互監視してもらいたいところだが……」
保安課員I「全員に認識タグみたいなものを持たせて、ムーサに監視してもらうのは?
アムピオンも広くなってきたし、監視だけじゃなく、一般客の安全のためにも」
ジョシュ「監視カメラを増やすのは?」
保安課員J「軌道局側に入管ゲートみたいなのを設けるとか」
あおい「定期的に職員のメンタルケアを行うのはどうでしょうか」
――などなど、侃々諤々。
ラフマン「もらった意見は、まとめて検討を図るよう上申する」
色々話した末に散会。それぞれ持ち場に戻る。あおいに話しかけるラフマン。
ラフマン「この後リフトだと思うが、悪いがその前に、人事課長と話してくれないか」
あおい「パリ本社の? 何でしょう?」
ラフマン「アテンダントの人事配置などについて相談したいらしい」


●シーン06同本社内・テレビ会議室のような場所
社内イントラのような回線で、ARPAパリ本社の人事課長と話すあおい。
人事課長「悪いね、忙しいのに」
あおい「いえ、そちらの方が時差でご負担が大きいと思います。それで、どのようなご用でしょうか」
人事課長「君、EVAでの施設組み立て作業や運搬業務などに興味は?」
あおい「EVAですか?」
人事課長「空間業務課がぜひ君を欲しいって言っててねえ。なんでも無重量状態でイルカみたいに動けるんだって?」
あおい「決してそんなことは……ご命令ならやりますが、私はアテンダントの仕事で満足しています」
人事課長「そうか。いや、本題は別のことでね。次のリフト、中間軌道局までの往復でいいんだよね?」
あおい「はい。例のトラブルで、特別なお客様や取材以外、アムピオンへの旅客輸送はしばらく制限をかけています。
今回は静止軌道までは行かないお客様で構成してます」
人事課長「OA希望の女性職員を1人付き添わせて、その女性の適正評価を、君にしてほしくてね」
あおい「普段のOA研修での評価とは別に?」
手元の端末に転送された人事データを見るあおい。冒頭シーンで男に捨てられた女。
人事課長「レイチェル・バレット。米国籍、28歳。もともとOA志望で我が社を受けたんだが、
結局運用部じゃなく総務部の方に正職員採用されたんだ」
あおい「選抜の時にお会いしました」
人事課長 「インターンの時にEVAで、単なるSASじゃ済まない、空間識失調とパニック障害みたいな症状を見せて、君もその場にいたと聞いてる。
結局、無重量状態での業務に向いてないと判断されたんだ。それが先日、医師の診断書を持ってきて、
問題は克服したから、どうしても、もう一度適性を見て欲しいと言ってきてね」
あおい「宇宙で起こした症状を、地上の診断で治ったと結論できるんですか?」
人事課長「それなあ〜、確かにちょっと引っかかるんだが、あれこれ手を使って医療機関の診断書を取ってきたみたいだ。
本人は航空会社のCA経験もあって、優秀な人材ではあるんだがね」
あおい「具体的に何をすればよろしいんでしょうか」
人事課長「まずは道中のコルチェア内でアテンダントの仕事を手伝わせて、その仕事ぶりも見てほしい。
軌道局に着いたら、低重力でのEVAに付き添って、様子を見てくれ。
それで大丈夫だったら、無重量についてもテストしてみる」
あおい「私がですか?」
人事課長「オービタル・スペシャリスト認定のEVA試験自体は、空間業務課と管制課が行うよ。
でも、またパニクったりした時、介抱して連れて帰ってきてもらうためにも、付き添ってほしいんだ」
あおい「そもそも、OA全員にEVAまで必要でしょうか?」
人事課長「乗客の避難誘導とかに備えて、採用条件に入れられたんだが、
私にも専門的なことはわからんよ。でも実際君はEVAできるんだし」
あおい「私はOAの実験台みたいなものですから、何でもやらされてるだけで……」
人事課長「OA服務規程のたたき台も君につくってほしいから、その辺の参考にしてもらいたい。
本当は、不安要素を抱えてて面倒臭いし、たった1人のためにEVAなんて経費がかかるから避けたいけど、
チャンスを与えないと組合がうるさいからさー。落としてもらった方がいいかも」
あおい「……」
人事課長「……失言でした。ただ、落ちても別にクビにするわけじゃなくて、
今の業務を続けてもらうだけだよ」
あおい「とにかく、私は非常時の介抱に備えて、見たままを報告すればよろしいですね」


●シーン07地上局 "オルフェ" 管制課
アムピオンより大規模な、ケネディ宇宙センターの管制ルームのような管制課。
地上局の局長オットー・イワノフが、課員と話したり、色々仕事している。
(宇宙ではないので、局長をコマンダーとは呼びません)
管制課員「局長、あれ」
管制室の背後に一般見学の席があり、そこで中を見つめているラフマン。
そちらの方を見て視線が合い、(私に用か?)と目で伝え、(そう)と目で返答するラフマン。
見学席の方に入ってくるイワノフ。
イワノフ「どうした? 部下の人魚姫の見送りか?」
ラフマン「異常なしか」
イワノフ「ああ。アルパ、というよりムーサはきょうも正常だ。お陰であまりやることはない」
ラフマン「こないだ、アルコに防衛行動を要請した件だがな、マッケイに具申したのは私なんだ。
だから責めないでやってくれ。ただ、もう少し情報降りてこないのか」
イワノフ「というと?」
保安課と調査課の会議について、守秘に触れない範囲で説明。
ラフマン「保安の立場としては、アルコに依存できるのかという問題がある。
はっきり聞くが、アルコの管制はどこにある? ここじゃないのか?」
イワノフ「……いや、私も知らないよ。条約軍の基地の方じゃないのか? 我々は、要請をするだけなんだ」
ラフマン「アルコには軍が駐留しているのか?」
イワノフ「そう矢継ぎ早に訊くなよ。軍はいないだろう。条約違反になる。
管制課で見てる限り、地上から往復している様子もない」
ラフマン「じゃあ、危機の時に要請をしない場合はどうなる?
向こうの判断で勝手に介入してくるのか? 見過ごすのか?」
イワノフ「見殺しにすることはないと思うが……そもそもアルコが軍事基地という根拠もない。
とにかく、まだそんな事態になってないしなあ」
ラフマン「保安課としては、テロや破壊工作があった時、内と外で呼応できれば理想的なんだがな。
なのに全然情報が降りてこない」
イワノフ「アルコが必要になるのは、外部からの攻撃があった場合だけだよ。
保安課は内部の治安維持を考えるしかないよ」
ラフマン「……アルコを管轄してるのが誰かわかれば、直談判するんだが」
考え込むイワノフ。
イワノフ「ひょっとしたら、"調律師" かな…?」
ラフマン「調律師?」
イワノフ「いや、社内の都市伝説みたいなもんだよ。
ARPA社を影で牛耳ってる人たちがいるとかなんとか」
ラフマン「総裁や役員会じゃなくて?」
イワノフ「影で支配してるって噂だ」
ラフマン「なんだそれは? 陰謀論の類いか?」 
イワノフ「ま、ただの噂だよ。人類補完委員会とか不死の船員会みたいな。
とにかく意見したければ出世することだな」
 
仕事に戻っていくイワノフ。考え込むラフマン。 


●シーン08地上局・乗務員控室前の通路
職員スペースから、また何重かの認証やゲートを経て、空港ロビーのようなスペースに出て行くあおい。
一般のスペースとは仕切られているが、すぐ近くで一般客が行き交うのも見える。乗務員の控室へ。
控室の廊下の隅で、携帯電話か、ウェラブル端末か何かで話しているレイチェル・バレット。
レイチェル「あ……あ、あの私……」
電話相手の男「ああ、何?」
レイチェル「あの……私、OAの試験受けられることになったんだ。今度こそきっと受かるから、
そしたら、また……会ってもらえないかと思って……」
「OA1号の娘、スゲー万能な女性なんだって?
見てみたけど奇麗で颯爽としてて、こりゃあ君でもかなわないよなあ」
レイチェル「見てみたって……いつ? まだほとんど広報してないのに……
どうしてそんなにOAに興味があるの?」
「いや、まあね。今度紹介してくれないかなあ?」
レイチェル「そんな……」
「その娘がいる限り、君がOAになっても引き立て役になるだけだろ」
レイチェル「(屈辱をぐっとこらえて)……とにかく、とにかくお願い、きっと受かるから」
「受かってから考えるよ。じゃあね」
電話が切れる。
あおい「ミズ・バレット」
背後から声がかかり、ビクっとして振り向く。
レイチェル「ヒロセ……さん……」
あおい「お久しぶりです。選抜以来ですね。
今回、ご一緒させていただくことになりました。よろしくお願いします」
レイチェル「え……まさかあなたが採点するんですか?」
あおい「別に、採点というようなものでは……客室常務の様子については報告をしますが、
EVAの適正評価は空間業務課と管制課が行うそうです。私は付き添いです」
レイチェル(M)『やっぱ採点するんじゃないのよ。よりにもよって、この女に採点されるの……?』
不満そうな顔のレイチェル。悟られまいと、すぐ表情を取り繕う。
レイチェル「選抜の時は、お世話になりました」
どうしても反感で口調がぶっきらぼうになりがちなのを、ギリギリ抑えて丁寧に話すレイチェル。
あおい「リフトまで間がありますが、直前の最終メディカルチェックや
手続きには時間がかかりますから、急ぎましょう」
レイチェル「あ、はい」
思い詰めた表情のレイチェル。男の声が甦る。
男の声『その娘がいる限り、君がOAになっても引き立て役になるだけだろ』


●シーン09地上局・職員用エレベーター乗り場
地上局の、成層圏プラットフォームへ向かう乗り場。あおいたちが職員用の乗り物に乗ると、
秒速5mくらいで繰り出される軌道エレベーターのケーブル "クエルダ" に取り付けられ、上昇が始まる。
(ロープウェイやスキー場のクワッドリフトなどのゴンドラが、乗り込み後にワイヤーに接続される感じ。
クエルダが生産されて宇宙に引っ張り上げられる力を利用して、ツルベ式も併用して成層圏まで上がります。
一般乗客用と職員用は乗り場と乗るゴンドラが異なるだけで、ケーブルは同一)上空へ昇っていくゴンドラ。
漏斗状ウインドシールドの隙間から、眼下に遠くなっていくガン島など南国リゾート地の風景が見える。


●シーン10成層圏プラットフォーム・女性用更衣室
制服に着替えるあおいとレイチェル。OAの制服をじっと見つめる。
レイチェル(M)『OAの制服……』
あおい「研修の方用ですが、サイズ合いますか?」
レイチェル「あ、はい……まだ、正式なOAはヒロセさん1人だけなんですよね」
あおい「はい。インターンの研修生が何人かいますが。
オービタル・スペシャリストの認定を受けたのは私だけで、
結果的に静止軌道で勤められるOAはまだ私1人ということです。
ちなみに初選抜を受けて正職員になったのは、私たちだけだそうですよ」
思い詰めるような表情のレイチェル。
レイチェル「OA第1号なのに、ほとんどマスコミに出てないですよね」
あおい「私自身、目立つのは好きじゃないですが、広報広聴課の判断ですよ。
まだOAの仕事が確立してないので、表に出したくないみたいですよ」
レイチェル「そうなんですか……」
あおい「今回のお客様は4人だけで、中間軌道局までの3泊4日の往復です。
リフトで軌道局にご案内して滞在してもらって、下りのコルチェアが来たら一緒に戻って来ます。
私とバレットさんで余裕でお世話できるはずですよ」
端末にスケジュールを転送して見せる。


●シーン11昇降機 "コルチェア" 内
乗客をかいがいしく世話するレイチェル。乗客の反応もいい。
気遣いや飲食物の出し方や引っ込め方もそつなくこなす。
パイロットに手作りのお菓子?か何かを差し入れしたりもして愛想が良い。
働く様子を見ているあおい。バックヤードに下がって片付けなどをするあおいとレイチェル。
あおい「さすが元CAですね。きめ細やかでお客様も喜んでたみたい」
レイチェル「いえ……あなたも。あの、過去に客室乗務の経験あるんですか?」
あおい「APRA社に入る前? いいえ、まったくないですよ」
ケロリと言うあおいの言葉にいちいちヘコむレイチェル。
レイチェル「それなのに、この仕事ちゃんとこなしてるんですね」
あおい「私は保安課所属ですから、荒仕事もアリですよ」
レイチェル「どうして保安課なんですか?」
あおい「私が決めたことじゃないですから何とも……
でもいずれは "OA課" みたいな独立部署ができるんじゃないでしょうか」
レイチェル「……OA課……」
また沈む。
レイチェル(M)『その頃、私どうなってるんだろ……』
あおいを見て、
レイチェル「それと……後ろに誰かいるのがわかるんですか?」
あおい「え?」
レイチェル「なんか、狭い通路でも、距離感の取り方が滑らかで、背中に目でも付いているみたいで……」
あおい「ああ……なんとなく無意識にやってるんですけど、強いて言うなら主に音でしょうか?」
レイチェル「音?」
あおい「誰かいると、その方向からの音の響き方が少し変わるっていうか、
それで自然に動きやすいように間を空ける癖があるんです」
レイチェル「猫みたい……あ、ごめんなさい」
あおい「いえ、確かにそうですね(笑) ちなみにEVAの時だと音が響きませんから、全然わかりませんよ」
レイチェル「EVAの時……」
コルチェア内にアナウンスが流れる。
アナウンス『ご搭乗の皆様、当機は間もなく中間軌道局 "アポロン" に到着いたします。
この施設にて、低重力のレジャーなどがお楽しみいただけます――』
――など、セールストークを色々。
あおい「ここに滞在中に、バレットさんにはここでEVAを体験してもらうことになっているそうです。
安全のために、ここの軌道局の人にも付き添ってもらって、表に出ます」


●シーン12中間軌道局"アポロン"
乗客は休憩か休眠、もしくは施設内の低重力施設などでレジャーかなにかをしており、
あおいとレイチェルは休息時間。この間に、EVA試験の下見をする2人。
低重力なので、プールに下半身を漬けて歩いているような感じで進み、管制課へ入っていく2人。
あおい「失礼します。入ってよろしいですか?」
管制課員A「ああ、どうぞ。おい、説明してやって」
あおい「あすのEVAの把握のために参りました」
レイチェル「よろしくお願いします」
たくさんあるモニタの中の一つを指す管制課員。
管制課員B「これ、このステーションの西側にあるEVAデッキ。
まだ一般開放はしてないので、屋内施設で練習した後に、ここを使ってもらいます。
空間業務課員1人と、そこのミズ・ヒロセが外で立ち会って、私たちもモニタで見てますから。
命綱を付けてもらうけど、デッキの端から下をのぞき込んだりして転落しないよう気をつけて」
レイチェル「え、落ちるんですか?」
管制課員B「ここは無重量状態じゃないのでね。月とほぼ同じ重力があるし、
軌道速度に達する位置エネルギーを持つほど高くないから、
落ちたら再突入して空力加熱で死にますね」
レイチェル「落ちたら死ぬ……(((;゚Д゚)))」
管制課員B「いや、わずかに重力があるだけ、動くのは無重量よりむしろ楽だから。
危ない真似さえしなければかえって安全ですよ。EVAやエアロックの使い方など、
マニュアルを読んで把握しておいてください」
レイチェル「あ……はい。よろしくお願いします」
管制課員C「合格したら、ヒロセの負担が減るね」
あおい「助かりますわ (^^)」


●シーン13モルディブ共和国・マレ
ガン島特別行政区警察の刑事2人。ドラマなどによくあるベテランと若手コンビとかいう感じの捜査。
年長のハッサン・ナシール、若手のスチュアート・ライス。
"ヘヴンズ・ミッション" マレ支部を訪れる2人。
支部代表「何度も申し上げました通り、そのベイカー氏という方は、私どもとは関係ありません。
職員でも会員でもありません。私どもが開催した自己啓発セミナーに
参加していた可能性はありますが、全員を把握はできませんから」
ライス「まあ、それはわかります」
ナシール「代表の……ミスタ・アマミヤですか、現在はどちらにおられるのですか?」
支部代表「ここ数か月は欧州で活動しています」
ナシール「代表が来られなくてもセミナーは開けるのですか?」
支部代表「ネットで中継ができますから。私どもも拠点が増えましたし、代表も多忙ですので、
最近はそのようは形がほとんどですね。それでも、ライブシステムが発達したお陰で、
どこからでも双方向で講演やイベント参加などが可能になっています。
ネットの発達した現代なら、このような形のPRの方がむしろ良い面もあります」
ナシール「代表はどのようなことを述べられるのですか?」
支部代表「大まかに言うと、人には、それぞれ天から与えられた使命があるということですね。
それを敬虔に、真摯に実践することで、自己の鍛錬や向上、救済につなげようというものです。
決して、犯罪を使嗾するようなものではありません」
ナシール「いえ、そういう意味で言ってるわけではありません。しかし、自分の天命は誰が決めるのですか?」
支部代表「それは人それぞれ、天から授かるものです。
私たちはそれを見つけるお手伝いをするだけです」
ライス「特定の信仰やその対象はないのですか?」
支部代表「自らを律するためのものとして、天上の存在や意思を意識して天を仰ぐ、
というイメージを定着させていますが、特定の人格神や偶像は信仰していません。
私どもは宗教法人ではありませんから」
ライス「代表は、どのような方ですか?」
支部代表「日本の出身だそうですが、若い頃インドに移り、早くに家族を亡くして、
様々な苦労をしたそうです。時には身を持ち崩したこともあったとか」
ナシール「艱難辛苦の末に、天命教……いや失礼、ミッションを立ち上げることに、
ご自身の天命を見いだしたというわけですか」
支部代表「そんなところですが……詳しくはネットなどでも公開していますので、ご覧ください」
ミッションのマレ支部を後にする2人。喫茶店かどこかで一服しながら、端末で天命教のサイトを見ている。
動画を見ている2人。第2章と同じような感じの演説
ナシール「"ヘヴンズ・ミッション"……"フェイタル" とか "ソレスタル" とかチョコチョコ名前を変えているが、
跡をたどりにくくしてるのかな……えーと、日本で創立……
アジア地域を中心に海外拠点がここ何年かでかなり増えてるな。昨年、マレにも支部を開設……」
ライス「代表はノリト・アマミヤ(天宮尊人)、日本人」
天宮尊人の半生を説明するページなどを見る。
どこかの聖人・偉人の伝説や立志伝を現代風に書き直したようなストーリー。
ナシール「嘘くさ」
ライス「いつまで調べてるんですか? ベイカーは送致して、俺たちの仕事は終わり。
結局不起訴だし、それじゃ不満ですか?」
ナシール「ベイカーというより、天命教が引っかかってね。
このままキリのいいところまでやらないと気持ち悪い」
ライス「ミッションでしょ」
ナシール「どっちでもいいが、"天命教" の方が通りがいいだろ。あいつらもそうだが、
ARPA社の連中も事なかれ主義で、今回の件も被害届も出さず事後報告だけで、結局不起訴を喜んでる。
俺たちに十分な情報を話してない。特区警察はほとんど、アルパのために設立されたようなもんなのにな」
ライス「確かに、どっちも非協力的ではありますね」
ナシール「ARPA社も天命教も、お互いに無関係って面してるけど……何かつながりがあるような気がするんだよ。
両者がグルだとは思わないが、どいつもこいつも人の国に来て、好き勝手にしやがって」
ライス「(苦笑して)私もよそ者なんですけど……
まあ、特区内は結構暇ですからいいですけどね。調べるならお供します」


●シーン14アポロン内・女性用臨時居室・就寝時間近く
低重力用の集合ベッドなどがある女性用居室。あおいとレイチェルが入ってくる。
レイチェル「職員用の寝室があるんですか?」
あおい「ここはアムピオンほど広くないですけど一応。物質的な充実度は、山小屋レベルってところですね」
就寝中。近くであおいが寝ており、レイチェルは目を覚ましていて、考え事。
男の声『CA辞めてグランドじゃ、格落ちもいいとこじゃないか』
『奇麗で颯爽としてて、こりゃあ君でもかなわないよなあ』
『その娘がいる限り、君がOAになっても引き立て役になるだけだろ』
記憶にさいなまれて頭を抱え込むレイチェル。あおいのいる仕切りの方を向いて睨む。
レイチェル(M)『この女がいる限り……』
管制課員Bの声『落ちたら再突入して空力加熱で死にますね』
レイチェル(M)『……いっそこの女が落ちて死んでくれればいいのに……
ああ、こんなこと考える自分が嫌だ……』
EVA試験の概要を見直す。
レイチェル「(独り言のつぶやき)……2人立ち会って、管制室でも様子を見ている……」
あおいの声『EVAの時だと音が響きませんから、全然わかりませんよ』
色々考え込む。
レイチェル(M)『もし……いやいや、何考えてんのよ私。そんなことしたら私OAどころじゃないじゃない。
でも、今回OAになれたとしても、たぶんこの女の部下だ……
だいたい、変な真似してもカメラで見られてるし、通信で聞こえるし……』
思考がぐるぐる回って頭を抱え込む。


●シーン15アポロン内・食堂などに使う広めの一室・起床後
乗客と軌道局各員の朝食を整えているあおいとレイチェル。各人に配る2人。
その他、起床時間を迎えた表現を数カット。


●シーン16アポロン外・EVAデッキ
EVA試験本番。西側EVAデッキにつながるエアロックにいる
あおい、レイチェル、空間業務課員マルク・フォークトの3人。
(タイトスーツは減圧調整が必要なくてすぐ出られる)
フォークト「太陽は現在ほぼ真上だが、直視しないよう気をつけて。
開いても、外に出る前にまず最初に命綱を再確認。
確認後、俺が先に出るから、指示した順に出てきて」
あおいと
レイチェル
「はい」
フォークト「ヒロセ君には避難誘導される乗客役とかをやってもらおうと思う」
あおい「わかりました」
(無音)エアロックが開いて、直射日光が当たっている真っ白なデッキが見える。
命綱が腰元のカラビナにつながっているのを確認する3人。順繰りに出て行くフォークトとあおい。
エアロック内でもたもたしているレイチェル。
レイチェル「すみません、失敗経験があるから、命綱をもう一度確認しておきたくて……」
(無音)エアロックに戻り、カメラを背にして命綱を確認するふりをして、
あおいの命綱のカラビナをゆるめるレイチェル。さらに作業用ナイフ?か何かで切れ目も。
音が聞こえないので何しているか、あおいもフォークトもわからない。
やっとデッキに出てくるレイチェル。デッキの端っこには手すりがあり、
フォークトが準備か確認をしている間、手すりに寄っていくレイチェル。
あおい「気をつけてくださいね」
レイチェル「はい。少し覗いてみたくて」
端っこに行き、下をのぞき込む2人。
端っこの足元には排水溝のような格子がはまっていて、下を見下ろしやすい工夫がしてある。
レイチェル「静止軌道ほどじゃないですけど、だいぶ地球が小さいですね」
あおい「遠くへ来たって感じですね」
レイチェル「今この瞬間、宇宙にいる人間は100人足らずで、私たちもそこに含まれるんですよね……」
あおい「私、OAの仕事を高度別に分類して、採用か配属するよう具申してみるつもりです」
レイチェル「高度別?」
あおい「静止軌道まで乗客に付きそうアテンダントのほかに、コルチェアが高度に応じて装備を換装するように、
範囲を特化してアテンダントも交代するんです。今はその一部を派遣やインターンで場当たりで埋めてますが、
きちんと分ければ体制が充実しますし、採用も進むでしょう。
あなたも、自分に向いた範囲でアテンダントをすればいいんじゃないでしょうか」
あおいの言葉に少し動揺するレイチェル。
その後、それっぽい試験か訓練のまねごとみたいなのをやるレイチェルを数カット。
見てたり、手伝ったりするあおい。
レイチェル「あ、あの……」
フォークト「どうした?」
レイチェル「今あの、デッキの向こうの側、何か弾けるというか、飛び散るのが見えたような…」
管制課員A「どうした?」
フォークト「バレット君が何か見たらしい。微小デブリが衝突してバンパーが揮発したかな?」
管制課員A「レーダーや圧力センサーには反応なかったが」
フォークト「ちょっと見てくる。危険だから2人はエアロックで待機して」
レイチェル(M)『やばい、エアロックに戻ったら細工がばれちゃう。
私とこの女の2人だけ……本当にそうなった……いやでも、本当に……
うまくいかなかったらどうするのよ? そしたら本当に私は終わりだ……いやでも、いやでも、
この女がいなければ……でもこの女が "やめて何するの?" なんて叫んだらどうする?
いやでも、この女がそんな女々しいこと……ああもう! 混乱する!』
ビビッて高鳴るレイチェルの心音。エアロックに向かおうとするあおい。
レイチェル(M)『もう引き返せない、やるしかない』
体を曲げてうずくまるレイチェル。
レイチェル「う……」
あおい「どうかしましたか?」
レイチェル「……お腹が……」
大きな声を上げ、あおいにつかまりつつ、うずくまるようにした拍子にデッキをけっとばして、
手すりを越えて飛び上がってしまうレイチェル。
あおい「!」
あおいも引っ張られて飛び上がり、同じ方向へ飛んでいく。その際に手すりをちょこんと蹴って方向修正し、
レイチェルを追うような感じになる。それを見ている管制室の声がかぶる。
管制課員Aの声『まずい、2人がフレームアウトした』
宇宙空間でもみ合う2人。
あおい「落ち着いて」
あおいの体にしがみつき、掴んで支点にして背後に回るレイチェル。
くるくる回っている間に、地球が見えた方向にあおいの体を突き飛ばす。限界まで伸びたあおいの命綱はカラビナが外れる。
鏡面越しに一瞬目があう2人。動揺と恐怖と愉悦が入り交じった表情のレイチェル。無言で憮然と見返すあおい。
あおいは命綱が外れて落下、地球を背景に姿が小さくなっていく。
レイチェルは少しずつ落ちていくが、命綱がピンと張って、わずかに反動で戻ったり、
引力に負けてまた落下したりをヨーヨーみたいに繰り返し、
やがてデッキの端からぶらーんと宙吊り状態になると、ハアハアいいながら命綱を伝ってデッキに戻る。
管制ブロックのモニタにフレームインしてくるレイチェル。
モタモタと不器用だが、手すりを掴んでなんとか体の安定を取り戻す。
レイチェル(M)『(息を切らしながら)やっぱりあの女、何も言わなかった……悲鳴も上げないなんて……』


●シーン17アポロン内・管制課
モニタに再びフレームインしてきたレイチェルに呼びかける管制課。
管制課員A「おい、どうした?」
レイチェル「あ、あの、ヒロセさんが」
管制課員B「転落したのか!?」
管制課員C「大変だ、ヒロセが転落した」
管制課員A「通信は?」
管制課員B「呼びかけても応じない。もう圏外か?」
管制課員C「馬鹿な。レーダーには?」
管制課員A「反応が消えた」
管制課員B「こんな短時間で?」
管制課員C「係留中のコルチェアを出そう」
管制課員A「間に合わないかも知れないが……SRBを換装させるか?」
管制課員B「地上局と各軌道局に連絡、ムーサに全方位で空間走査させろ。引き続き本人に呼びかけて」


●シーン18アポロン外・EVAデッキ
EVAデッキ上。異常に気づいた空間業務課員のフォークトが戻って来る。
下を覗いたり、途方に暮れたようなポーズをしているレイチェル。
フォークト「何があったんだ?」
レイチェル「私を……助けようとして……」
フォークト「ヒロセ君が落ちたのか!?」
あおい「ここにいます」
2人の背後にいるあおい。度肝を抜かれるレイチェル。
レイチェル「 ( ゚д゚) 」


●シーン19アポロン内・管制課
管制課内も驚愕。
管制課員一同「 工工エエエエ( ゚д゚)エエエエ工工 」


●シーン20アポロン外・EVAデッキ
再びEVAデッキ。
レイチェル「……え……どうして……?」
あおい「……」
レイチェル「さっき落ちたはずじゃ……」
あおい「腹痛は嘘ですか?」
ハッとして追いつめられた表情になるレイチェル。
あおい「あなたを拘束します。抵抗せず従ってください」
フォークト「え……まさか、わざと落としたの?」
レイチェル「来ないで!」
急いで手すりに寄り、モタモタ自分の命綱のカラビナを外すか、もしくは
ナイフで命綱を切って引き寄せるかするレイチェル。 管制課からあおいに通信が入る。
管制課員の声『ヒロセ……これは彼女には聞こえてない。こりゃ飛び降りるつもりだ、時間を稼いでくれ。
軌道エレベーターから飛び降り自殺なんてシャレにならん』
立ち止まって刺激するのを避けるあおい。逆に少しずつ後ずさり、壁際に背中を近づける。
しゃべって時間稼ぎを図る。フォークトも距離を置いて見るしかない状態。
あおい「どうしてあんなことをしたんですか?」
レイチェル「……なんであなたなの?」
あおい「?」
レイチェル「なんで最初のアテンダントがあなたなの? 私が選ばれるはずだったのに」
あおい「たったそれだけのことで……?」
レイチェル「それだけのことで悪かったわね! 私は最初のOAになるために、航空会社を辞めてきたのよ。
私はこれに賭けてたの、全てだったの!」
あおい「OAはまだどんな仕事になるか確立してもいませんよ。
CAみたいに華のある仕事になるかどうかもわからないのに……」
レイチェル「それでも第1号なら箔がついてた……だけど、キャリアも捨ててきたのに内勤で……
それが理由で男にも捨てられて、昔のCA仲間のいい笑いものよ。飼ってたシーモンキーは死んじゃうし」
あおい「シーモンキーは私に関係ないでしょう (´・ω・`)」
レイチェル「運勢見てもらったら今年は最悪とか言われるし」
あおい「それは占い師に文句言ってください」
レイチェル「うるさい、いちいち冷静につっこむな! ヽ(`Д´メ)ノ」
フォークト「逆上させてどうすんだよ……」
うなだれるレイチェル。
レイチェル「それが私の天命だって言われたのに……」
少し反応するあおい。
あおい「……天命……」
レイチェル「それなのに……経験もないあなたが最初のOAになって、ちやほやされて………
それなのにマスコミの取材を片っ端から断って、私だったら、私だったらもっと……」
あおい「別に2番目でも3番目でもいいじゃないですか」
レイチェル「ケロッと言わないでよ! あなたのそういうとこが最高にむかつくのよ!
いっつも涼しい顔して何でもこなして、あなたダイエットで苦労したこともないでしょ!?」
あおい「はい (・ω・)」
レイチェル「キー! くぁwせdrftgyふじこlp」
フォークト「何の話だ」
レイチェル「わかってたわよ、本当は私には無理だって! 器じゃないって!
下衆な逆恨みだって! でももうほかに何もないのよ!」
あおい「……」
レイチェル「大体あなた何者なの!? 選抜の最初の頃いなかったじゃない。なのにたった1人受かって、
別に嬉しそうでもなくて……そんなあなたに、OAになれるか採点される私の気持ちがわかる!?」
あおい「(冷めた口調で)別にわかろうとも思いません」
レイチェル「ぐ……!」
屈辱的な顔をするレイチェル。やがて自虐的な笑いを浮かべて、
レイチェル「吐き出して少しせいせいした……でも私、
これ以上あなたみたいな女に見下されるの、我慢できない」
あおい「死ぬつもりですか?」
フォークト「おい刺激するなって!」
デッキの縁、2人が飛び出した付近に後ずさっていくレイチェル。
レイチェル「どのみち、私はもう終わり……」
フォークト「おい!」
勢いよくデッキを蹴って縁から飛び出し、背中からゆっくり落下していくレイチェル。
フォークト「やっちまった……」
その刹那、あおいが背中の壁を手で押して勢いをつけ、トントン(無音)と月面散歩のように縁まで歩き、
手すりに飛び上がって乗っかり、バンジージャンプのように体を落とす。
フォークト「うわ!」
体の向きが180度回転すると、デッキ下面の縁を蹴飛ばして勢いをつけて落下し、
レイチェルを追いかけるあおい。追いついて引き寄せ、抱きしめる。
彼女はパニック状態。面倒なのでヘルメットを殴りつけてグッタリさせる。
それから彼女の体の向きを変え、自分もその反動で向きを180度転換、足を下にする。
だんだん落下が加速しつつ、次第にクエルダに近づいていく2人。
クエルダに手を伸ばし、女を抱えたままつかもうとするあおい。
クエルダは常に上昇しており、ズルズル(無音)とブレーキをかけて相対速度差を埋めるあおい。
手袋が裂けて真空に曝露されないか気になり、苦衷の表情。
やがて何とかクエルダをしっかりとつかむことに成功。腕をグイっと引っ張られて痛みを覚えるが、
上昇するクエルダに引っ張り上げられ、そのままつかまって軌道局に戻っていく。
いったん軌道局を通り越して上昇。クエルダを離し、噴水の水が弧を描いて落ちるように、
デッキの方にトン(無音)、という感じで着地する。


●シーン21アポロン内・管制課
管制室でまた驚く課員一同。
管制課一同「おいまた戻って来たぞ」
管制課員A「ボウリングの玉かよ……」
管制課員B「あーそうか、上昇するクエルダにつかまったんだ」
管制課員C「どういうこと?」
管制課員A「クエルダは地上局からトコロテン式に繰り出されてるから、
それにつかまって戻って来たんだろう」
管制課員B「落下で高度が下がったから東向きの運動に変化して、クエルダに接近できたんだな」
管制課員C「レーダーに反応がないわけだ……」
呆気にとられている一同。


●シーン22アポロン外・EVAデッキ
フォークト「……彼女は?」
あおい「気を失ってます。嘔吐はしてないです」
フォークト「君、雑技団にでもいたの?」
少し苦笑するあおい。軌道局の俯瞰。


●シーン23どこかの執務室のような場所
2章でちょっとだけ登場した、壮年の実業家っぽい男性と、秘書の男が話している。
秘書「例の女は、結局アテンダントにはなれなかったようです。
私の見立て違いで、申し訳ありませんでした」
「なあに、これからいくらでも落としていくさ。
それより実際にOAに選ばれた女性、気になるね」
秘書「はい。あの方に相談してみてはいかがでしょうか?」
「そうだな」
秘書「妻役の女に伝えておきます」
「アルパは最高の素材だ。じっくり料理していくとしよう」


●シーン24ARPA特区本社
会議室のような一室で、ARPA社の幹部職員や調査課員、
弁護士などから聞き取りを受けているレイチェル。
調査課員「……以上で、聴き取りは終えます」
レイチェル「はい」
弁護士「代わって私から最後に、処分をお伝えします。あなたには本日付で辞めていただきますが、
本件について口外しないと誓約してサインすれば、
ARPA社も、直接の被害を受けた保安課員のアオイ・ヒロセも、特区警察に被害届も告訴状も出しません。
賠償などの請求も行いません。懲戒処分にはせず、依願退職扱いにしましょう」
レイチェル「え? 普通なら殺人未遂じゃ……」
弁護士「しばらくの間は行動確認をさせてもらい、モルディブから出国などは控えていただきたい。
また、必要に応じて再度聴き取りをすることもありえます。
しかし、原則としてあなたの行動を制限しないし、あなたが誓約を守るなら、私たちも一切口外しない。
再就職にも干渉しません。私たちは、些事に構っているほど暇じゃないので」
レイチェル「殺人未遂が些事!?」
幹部や弁護士らを見回すレイチェル。
彼等が得体の知れない陰謀集団のように見えてくる。
レイチェル「あなたたち、一体何考えてるの……?」
黙っている上司ら。落ち着きを取り戻すレイチェル。
レイチェル「取引……ですか」
弁護士「どう受け取るかはご自由ですが、それが我が社の意向です。
あなたにとって、これ以上ない好条件だと思いますが」
レイチェル「……サインは書類ですか? 生体認証ですか?」


●シーン23地上局・職員用通用口
夕焼けに反射するクエルダが見える。
通用口から出てくるレイチェル。待っているあおい。
あおい「バレットさん」
驚くレイチェル。しばらく見つめ合う2人。
レイチェル「告訴とかしないんですって?」
あおい「……」
レイチェル「結局、またあなたに助けられたのよね。最初からわかってたけど。
私は、自分と向き合ってなかっただけで……」
あおい「……ひとつ訊きたいんですが、あなたは天命教…… "ミッション" ですか?」
レイチェル「テンメーキョー? みっしょん? 何それ、カルトか何か?
私クリスチャンだけど宣教師(ミッション)じゃないわよ」
じっと見つめるあおい。特にごまかしている様子もないと見極める。
あおい「そうですか、ごめんなさい、何でもないです」
レイチェル「なんであなたが謝るの?」
あおい「これからどうするんですか?」
レイチェル「これから考える、ていうか今は何も考えられない。
とりあえずシーモンキー飼いなおそうかな」
あおい「……」
歩いて行くレイチェル。見送るあおい。背を向けたまま小さくつぶやく。
レイチェル「……ごめんなさい、ありがと……」
俯瞰。


第3章 了

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