第4章

トップへ戻る (M)=モノローグ(心の中で思っていることか独り言)
*今回のエピソードは、現実の天文現象とは関係ありません。
●シーン01軌道エレベーター "アルパ" 静止軌道局 "アムピオン" 内・観測研究課・過去から現在
アムピオンのあるブロック。開きっぱなしのハッチの横に紙が貼り付けてあり、
手書きで "Arpa Astronomical Observatory" と書かれてある。
内部には、観測機器の操作インパネや、天文データの表示画面などが並ぶ。
無重量なので、床も天上も関係なく、所狭しと並んでいる。
色んなデータを見たり、チェックしたりしているアフリカ系の青年、観測研究課員のアル・ハムザ。
ハムザ『(メールの文面。アルパの軌道局では無線LANのような通信網が利用できます)
僕の大切なジョセリン。ARPA社の観測研究課へ出向になって、初めて軌道エレベーター・アルパに乗ったよ。
ものすごい乗り物だ。こんな時代が来るなんて、子供の頃は夢にも思わなかった。いつか君をアルパに連れてきたい。
これから勤務時間の大半を、アルパの静止軌道局・アムピオンにある観測研究課課ブロックで過ごすことになる。
ここは通称 "アルパ天文台" って呼ばれてるんだ』
引き続き観測データを見たり、資料を調べたりと色々するハムザ。窓から星空を眺めたりなど数カット。
ハムザ『アムピオンの周りには、昔のハッブルみたいな宇宙望遠鏡がいくつも浮いていて、
大気の影響を受けずに一日中天体観測ができる。
それに、この高さの軌道を取り巻くオービタルリングには、
超長基線干渉計――VLBIという電波望遠鏡が無数に取り付けられている。
地上では実現できなかった史上最大規模のVLBIで、僕の専門でもある、遠方の星の電波観測ができる。
地上にいる人たちよりも、大規模で速やかに、色んな天体の観測ができるようになるだろう。
ここはきっと、天体観測の最前線になる。そんな所で働けるなんて、僕は幸せだ。スコット先生についてきて良かった。
ただ物足りないのは、宇宙から見る星は瞬かなくて、色の差も減ってあまり区別がなくなってしまうことだ。
故郷で一緒に見たような星空は見られそうにない。でも頑張るよ』
ジョセリン『(メールの文面)大切なアル。赴任おめでとう。エレベーターで地上と宇宙を行き来して、
星空の観測が宇宙でできるなんて、素敵な時代になりましたね。
最近視力が落ちてきちゃったけど、あなたの職場ならきっと星がよく見えるでしょう。
あなたの夢が叶って、私も嬉しいです。スコット先生への感謝を忘れずに。先生によろしく』
別カット。曇った表情で仕事しているハムザ。
ハムザ『ジョセリン。半年が過ぎたけど、僕は後悔し始めている。
アルパ天文台での観測の大半は、自分たちの研究じゃなくて、外部から受注した商売なんだ。
地上にいる科学者たちのために、言われた方向に望遠鏡を向けて撮影して、データを送る。
あとはアルパ独自の観測任務。これ以外は、ネットに公開したり、
販売したりするための天体写真を撮ったりする毎日だ。
僕自身の研究は何も進まない。僕はスコット先生の助手だから、当然といえば当然だけど、
地球にいる誰よりも星々に近い位置にいるのに、研究は一番遅れているんだ』
ジョセリン『アル。焦ってはいけないんじゃないかしら。
私たちの国では、天文学の研究はほかの国ほど進んでいなくて、環境も良くなかったけど、
それでもあなたは故郷にいた頃、誰よりも努力して勉強して、大学に進んだでしょう?
あなたが変わらずに努力すれば、きっと前へ進めるはず』
手持ちの端末でメッセージを見て、少し安心するハムザ。
ハムザ(M)「そうだ、焦ってはいけないんだよな・・・・・・
ああ、音声通話がもっと安ければなあ」
ハムザ『ジョセリン。我慢して1年、与えられた仕事をこなし続けていたけど、今度、自分の研究のために、
何日かに1回くらい、観測機器が空いた時間があれば、自分で使って良いと言われたよ。
君の言う通りだった。少しずつでもじっくり観測して勉強して、成果を出してみせるよ』
ある日、ある天体のデータを見ているハムザ。色々解析して、特徴に気づく。
ハムザ「何だ、これは?」


(T)サブタイトル『星の向こう』


●シーン02日本・東京・現在
ホテルの一室のドアをノックなりブザーなりする真由都羽通信記者・沖永淳。
返事がしてドアが半開きになる。
沖永「あの、お約束をいただいている、真由都羽通信の沖永です」
名刺か、それに代わるデジタル情報のようなものを提示する沖永。
「1人ですか? つけられたりとか大丈夫ですね?」
沖永「ええ、大丈夫です(M『大げさな……』)」
「どうぞ」
沖永「失礼します」
テーブルを挟んで着席する男と沖永。
沖永「ご連絡をありがとうございます。あの投書はあなたが?」
「ええ。ぜひとも知っていただきたくて」
お返しの名刺か個人情報データを送られる沖永。
沖永「あ、国政政治学者の菱村幸夫先生……著書を拝見したことがあります」
男=菱村「それはどうも。専門は政治史ですけどね」
沖永「それで、アルパが、その……核武装して軍事利用されるというお話ですが……
具体的には何が起きていると?」
菱村「軌道エレベーターを利用して、核兵器を宇宙に持ち込んで、ため込んでるんですよ」
沖永「えーと……アルパは核廃棄物を捨てるサービスをやってますが、そのことじゃないんですか?」
菱村「違う。それはそのまま捨てます。
それ自体はまっとうな商売だが、カモフラージュになってるんです」
菱村の雰囲気に引き気味の沖永。
菱村「信じられませんか?」
沖永「いや、その、すみません。あまりにスケールが大きすぎて」
菱村「無理もないとは思いますが……あなたの記事を読みましたが、
アムピオンを取材したんでしょう? 何か見ませんでしたか?」
静止軌道局 "アムピオン" に駐機されていた貨物用昇降機 "コルチェア" を思い出す沖永。
すぐかぶりを振り、
沖永「いや、そんな様子は……アムピオンは色んな機能ブロックで一杯でしたから」
菱村「アムピオンは中継地点です。そこから核が運び出されてるというんですよ」
沖永「どこに?」
菱村「軌道上に、軍事基地か何かあるらしいんです」
沖永「どちらからの情報ですか?」
菱村「元々は、学界関係の知り合いからですが、その人はARPA社の職員から聞いたとか」
沖永「それなら、その方か職員本人にお話を聞きたいんですが……」
菱村「連絡が取れなくなりました」
沖永「え、それってまずいんじゃ……(M『実在すんのかよ?』)、
それなら、何か証拠となるようなものはないでしょうか」
菱村「物証はない。しかし私なりに調べようとして、得た断片ですが……」
沖永「何でしょう?」
菱村「モルディブのアルパ特区に駐留している条約軍の軍人からもらったものですが、
半年くらい前、米海軍の潜水艦が寄港したんだそうです。オハイオ級の戦略型ミサイル原潜です。
建造されてから何十年も経ってて、退役が決まってて、帰路の途中に補給で寄港したとか」
沖永「はい」
菱村「で、そこで核ミサイルか何かを取り出したというんです。
それを積み替えた船が、△△社のものだって言うんです」
沖永「△△って……」
菱村「ええ、ARPA社の関連会社で、投棄用の核廃棄物の引き取りや加工、
運搬を手がけているそうです。でも、公表されてる投棄スケジュールには、
この原潜の分の核弾頭も核燃料も見あたりません」
沖永「荷降ろしは間違いないんでしょうか?」
菱村「これ見てください。提供データです」
潜水艦を写した動画と静止画を2種類、タブレットで見せる。
ドックに入っている潜水艦。2種類の画像・映像は同じものっぽい。
菱村「こっそり携帯端末で撮ったらしいですが、ええと……
こっちが寄港直後、こっちが出港直前だそうです。違い、わかりますか?」
沖永「?」
菱村「出港時の方が、補給後なのに喫水が上がってるんです。
荷下ろしして軽くなるとバラスト水を注水するでしょうが、それでも高い。
どのみち潜る際に注水するからでしょう」
沖永「ミサイルを荷降ろししたと?」
菱村「撮った人は……これも音信不通になりました」
沖永「う〜ん……とてもこれだけでは……」
菱村「まあ、今は画像加工などたやすいですから、説得力ないとは思います……
でもね、アルパはおかしいと思いませんか?」
沖永「といいますと?」
菱村「あれだけの巨大施設が、あまりにも早く造られたってことがです。
軌道エレベーターは、人類史上初めて出現した超巨大ハードウェアなんだ。
現在の国連が出来るまで、どれだけ犠牲者が出ましたか? スエズ運河を巡って何回戦争が起きたましたか?
普通は世界中でモメるものだが、アルパの出資国はあっという間に合意形成して条約を結び、
ARPA社を設立して造ってしまった。国連の場でも、出資国が常任理事国だから制度を都合良く利用して、
安保理で合意を得た後は完全に無視です」
沖永「たしか常任理事国の中で、中国は出資国じゃないですよね」
菱村「そこです。安保理でアルパの建造中止を求める決議案が出された時、中国は議決を欠席した。
欠席は拒否権行使とは見なされません。何か裏取引したんですよ。
だってアルパ建造が決まったら、申し合わせたみたいに "天宮" が運用を終え、
"天宮2" の計画は凍結になりました。衛星破壊実験など勝手な真似もピタっとやめてしまった」
沖永「こういうことに裏の根回しは当たり前だとは思いますが……」
菱村「それでも、歴史学的に見てこのスピードは異常だ。無秩序な宇宙開発が限界に来ていたとはいえ、
こういう事業は理想だけじゃ実現しない。もっと侃々諤々あって、
当事者全員が何かを得る代わりに多くのものを諦めて、妥協の積み重ねで実現するものなんですよ。
軌道エレベーターの価値はわかるが、それでエゴを自制できるほど、人類は大人じゃない」
沖永「大人じゃない……ですか」
相手の真剣さに少し気を許し始める沖永。
第2章のヒューズの言葉がよみがえる。『アルパは素晴らしい。だが、完璧過ぎる』
沖永「仮に仰る通り、宇宙に恒久的軍事施設を造っているとして、何が目的なんでしょう?
世界征服でもするんでしょうか? それとも宇宙人でも攻めてくるんでしょうか?」
菱村「それを言われると弱いですね。
宇宙から地上を攻撃できる施設を造るのかと思ったりもしたが、
衛星軌道上から地上に兵器を落とすのは、大変なコストがかかるらしいですね。
ICBMの方が遥かに効率的で精度も高いとか。
何より、これだけ多国間で合意形成できてるなら、どこかのならず者国家を威嚇する必要もないでんですよ。
正直、理由としては弱い……」
沖永「何か、この先の取材のとっかかりでもあればいいんですけど……」
菱村「説得力に欠けて申し訳ない。でも、私の感覚が告げてるんです。
アルパには裏があるってね。マスコミの取材力で調べてもらえないだろうか」
沖永「やってはみますが……」
ホテルを後にする沖永。歩きながら携帯端末で「核」「潜水艦」などを調べる。
沖永「オハイオ級戦略型原潜……トライデント型戦略核弾頭のSLBM……」
苦笑する沖永。
沖永「……まさかね」


●シーン03アムピオン内・観測研究課ブロック
観測研究課ブロックにて。自分の発見のデータを検証しているハムザ。
ハムザ(M)『極めて微弱だが、この星から短期間で異なる波長が検出されている。
まるで星の構成物質が変わったみたいだ。しかし、ほどなく元に戻った』
色々調べたり、何度もデータを見直したりするハムザ。
ハムザ(M)『何か変化が起きているんだろうか?
しかし、こんな変化は天体進化の上でも聞いたことがない。衝突などの外的要因だろうか?
地上の人たちは、気づいてるんだろうか? いや、微弱で時間も短い。
たぶんまだ、誰も気づいてない』
引き続き調べるハムザを数カット。
ハムザ(M)『集中してじっくり観測してみよう。またこの変化が生じてくれないだろうか……』
ハムザのメール『ジョセリン、ひょっとしたら、初めての発見かも知れない。
僕はこれの分析に打ち込んでみようと思う』
ジョセリンのメール『アル。自分の研究の対象を見つけたのね。
忙しいのでしょうけど、しっかりね』
あれこれ観測や分析などをして、しばらく時が経つ。
ハムザ(M)『あれから数回。ノイズでも偶発的事象でもない。
何らかの天文現象だ。しかしこの変則的な周期はなんだ?』
アムピオンにリフトしてきた、観測研究課長を務めるアダム・スコットに、
データを見せて相談するハムザ。
ハムザ「お疲れ様です。あの、先生」
スコット「どうした?」
ハムザ「この、天頂方向にある天体のデータなんですが…」
スコット「これが?」
ハムザ「これ自体は昔から知られていた、ごく普通の恒星です。ただ、極めて微弱なんですが、
不定期に異なる波長が検出されるんです。何でしょうか?」
スコット「現在はどうなんだ?」
ハムザ「今は観測できていません。瞬間的にこの現象が見られて、すぐ戻りました」
スコット「ノイズの可能性は?」
ハムザ「確かに、捨てきれないです……ですから……その」
スコット「何だね?」
ハムザ「"ムーサ" のリソースを分けてもらって、解析させてもらえないでしょうか?」
スコット「……それは無理だよ。君の個人的な研究のためにムーサの使用スケジュールを変更なんて。
自由時間に空いている天測機器を使えるだけでも、随分恵まれた環境になっただろう」
ハムザ「わかっています。もちろん、それはありがたいと思っています。
でも……放っておいたら、地上の観測施設で発見されてしまうかも……
確信があるんです。もっと大規模に精査すれば……」
一瞬、自分の過去を思い出すスコット。誰かに必死に訴えている若い頃のスコットの姿。
スコット(回想)『確信があるんです、精査してみてください!』
すぐに現実に戻り、ハムザに向かって、
スコット「とにかく突発的な事象でないか、繰り返しの確認が必要だろう。
それで、まずは自分の機材で検証してみたまえ」
ハムザ「私物のものでは、データを一から入力しなければならないし、
ビット反転対策もできてなくて、精密計算に誤差が影響する可能性も……」
スコット「とにかく、だめだ。ムーサを私的に利用するのはできない。
何よりも、やるべき仕事があるだろう。私たちには時間がないんだ」
ハムザ「はい……」
スコット「アル、地道な努力が君の長所であり、天文学者に必要な素質だとも思っている。
焦ってはいけないよ。昔の天文学者は、一つの発見に一生をかけていたんだ。
それに比べれば、今は天国だ」
ハムザ「はい……」
1人になり、考え込むハムザ。
ハムザ(M)『くそ、こんなことしてたら、地上の研究者に先を越されちゃうよ』


●シーン04アムピオン内・通路ブロックの一角
あまり人の来ない、静かな場所のブロックに、人目を気にしながら漂ってくる広瀬あおい。
あおい「……ムーアさん」
やや肥満気味の中年男=保安課員のジョナサン・ムーアが待っていて、あおいを見て笑顔に変わる。
ムーア「ああ、ヒロセ君、待っていたよ……誰にも見られてないだろうね?」
あおい「……はい、防犯カメラもなるべく死角を通るようにしてきましたけど……」
ムーア「いいだろう、きょうも?」
あおい「あの……こんなこと続けるのは、もうやめた方が……」
ムーア「いいじゃないか、そんないけずなこと言うなよ。
今まで誰にも知られずにうまくやってこれたじゃないか」
あおいに詰め寄るムーア。目を背けるあおい。
あおい「きっと奥様に恨まれます」
ムーア「カミさんのことは今はいいだろう。そんなやぼなこと言うなよ」
あおい「そんな、いけませんわ」
ムーア「よいではないかよいではないか! (`д´) 」
あおい「いけませぬいけませぬ! (´д`) 」
ムーア「意外とノリいいね君 (・∀・)」
あおい「私、罪の意識に押しつぶされそうで……」
ムーア「いやいや君、そんなタマじゃないだろ」
あおい「 ( ̄□ ̄;) 」
ムーア「さあ、中に入って」
隣接するブロックのハッチを開ける男。躊躇しつつ従うあおい。
ブロックの中には何人かの職員が待っている。
モブ1「……例のモノは?」
傍らの袋を渋々差し出すあおい。中を開けて歓喜する職員たち。
一同「キタ−−−−(°∀°)−−−−!!!!」
飯森小夜子「おお、よく来てくれた広瀬ちゃん」
あおい「小夜子さんまで……」
モブ2「あるある、成形謎肉ステーキ、春雨のフカヒレ……
何か怪しいものもあるが、また新しいメニューが増えてるぞ!」
賞味期限切れ間近で廃棄処分予定の、一般乗客用の宇宙食やレーションを味見する一同。
モブ3「カステラ……あ、チョコポテトチップスだって、おいしそう」
モブ4「ブタのカクニって何だ?」
あおい「……日本や中国で食べられてる料理です」
モブ4「ほう、そんなものまで宇宙で食べられるようになったか……」
モブ1「なんと、生チョコ!? ジェラート? 乾燥状態じゃないのか!」
小夜子「こっちには新鮮なフルーツが入ってる。おお、ちゃんと冷たいね」
あおい「コルチェアの冷凍庫が大きくなったので……凍らせて運ぶんです。
あの、もうこういうことやめさせてほしいんですけど……」
小夜子「(モグモグ)固いこと言わないの広瀬ちゃん」
ムーア「(モグモグ)俺たちにはこれくらいしか楽しみがないんだよ!」
モブ3「(モグモグ)規定違反じゃないって君が言ったじゃないか」
あおい「OA(オービタル・アテンダント)の就業規則自体がまだ出来てないから、
とりあえず私の裁量で処分を決めているっていうだけです。
宇宙にいるのにそんなに太って……奥様に嫌われますよ」
ムーア「(モグモグ)君にはわからんのだ。(モグモグ)食うことは生きることだ」
あおい「確かに捨てるよりはいいと思いますけど……食中毒でも起こされたら……
私が横領に問われたら責任とってくださいね」
モブ4「(モグモグ)どうせ賞味期限切れで廃棄処分にするんだろう?
お客さん用だからって短すぎるんだよ。日本語で言うじゃないか "モッタイナイ" って」
モブ1「(モグモグ)宇宙食もだいぶ豊かになったねえ」
モブ2「(モグモグ)ミールやフリーダムの時代を思うと隔世の感ありだな」
モブ3「(モグモグ)我々は身を呈して宇宙食の発展に寄与してるんだよ!
ちゃんとデータ還元してるだろ」
あおい「皆さんがどうしてもと言うから、
私が試食アンケートという体裁で処理してるんです!」
モブ4「これで酒も飲めたら言うことないな」
モブ1「酒の小瓶もあるんだよね?」
あおい「さすがにお酒はダメです! それに賞味期限未表示ですよ」
モブ1「惜しいなあ」
一同「 (゚Д゚) ウマー 」
あおい「……」


●シーン05アムピオン内・観測研究課ブロック
鬱々と仕事をしているハムザ。
ハムザのメール『ジョセリン。僕は何のためにここに来たんだろう?
あれから同じ現象は観測されていない。ヒントも何も見つからない。
演算システム・ムーサを使って周期性の解析などをすれば、
大規模なデータベースで僕も知らない情報も引っ張ってきて照合して、
何かつかめるかも知れないのに、それも許されない。もう手詰まりだ』
ジョセリンのメール『そうね。そこまで我慢して続けることないかもね』
いつもと違うトーンの返信に戸惑うハムザ。
ハムザ「え、いや、でも」
ジョセリン『じゃあ、もうやめる?』
ハムザ(M)『この言葉以来、彼女からのメッセージは来なくなった』
ぐっと神妙な顔つきになるハムザ。
ハムザ「……やめられるわけがないよ」
一念発起した感じで、再びきびきびと研究を続け始める。
ハムザ(M)『ムーサが使えないなら、一から自分でやるしかない。
たとえ彼女に愛想を尽かされたとしても』
現代の受験生のように、アルパ天文台の室内のありとあらゆる所に計算結果や幾何学的な図形を書いたり、
色んな気づき、チェックを入れた論文などを貼りまくったり、書き込んだりしているハムザ。
観測研究課を小夜子が訪れてくる。
3Dプリンタで作った、大きさの違うボールを何個もハムザに渡す小夜子。
小夜子「頼まれてたやつ、出来たよ。これでいいかな?」
ハムザ「はい、ありがとうございます」
小夜子「なーに、朝飯前だよ。これはたぶん天体として使うんだね?」
ハムザ「そうなんです」
小夜子「……研究に近道はないよ。想像力と忍耐、そして少しの勇気だよ。しっかりね」
ハムザ「……はい」
小夜子が出て行った後、無重量状態を利用してボールを宙に浮かべ、
色んな角度から見たり、動かしたり、その時々で考え込んだりするハムザ。
一方で日常の仕事もしっかりこなす。ある時、気づくハムザ。
ハムザ(M)『これは……ひょっとして……恒星の向こう側に変光星が隠れてるんじゃないのか? 』
じっくりデータを見返す。
ハムザ(M)『セファイド……II型かな? いや、じゃあこの変則的な周期はなんだ?
なぜ今までちゃんと観測されたことがないんだ? 宇宙の灯台にはほど遠いぞ』
検証や思索を表現する数カット。
ハムザ(M)『これが星雲なら重力レンズが働くんだが……
何百年とか何万年経てば、相対位置が変化して直接見られるかも知れないけどなあ。
手前の恒星……惑星があって、光量が変化する……
ノイズの中からかすかに強まる波長……このランダムな変化は、
手前の恒星を周る惑星の公転と、変光星の周期と自転によるドップラー効果のせいかな……
でもまだ要素が足りない。そもそも、なぜ今まで地上でも観測されなかったんだ?
こっち側の観測条件はどうだ? 観測される時は干渉の範囲が狭い……地球の公転の年周視差……』
またまた考え込む数カット。つぶやくハムザ。
ハムザ「……オービタルリング……」
ハッとするハムザ。
ハムザ(M)『オービタルリングからの観測は周差が広がる……リングの直径のお陰で、
地上からは見えない変光星の端っこを、ほんの少しだけのぞき込んでるんじゃないのか?
リングのVLBI観測網が広い範囲をカバーできているから、観測できたんだ。
ただしリングにも傾斜角があるから、この星を仰角にした直径も一定じゃない。
こういう複数のタイミングが重なった時だけ、この星の縁をのぞき見ることができる……』
ユーリカ状態でハイになっているハムザ。
ハムザ(M)『ここから導き出される、次の観測周期は……』
ハムザのメール『ジョセリン。君からのメッセージが来なくなってかなり経ったけど、僕はそれでも伝えたい。
僕は、新しい発見をしたかもしれないんだ! こんなに面白いと思ったのは久しぶりだ。
もし、新しい星が隠れてたら、僕はその星に君の名前を付けたい。だから、返事をくれたら嬉しい……』
スコットが入室してきた時、ハムザは寝込んでフワフワ浮いている。
壁中の色んな計算やデータなどを見て感心する。少しほほ笑むスコット。
スコット「まったく…ここじゃ紙は貴重品なのに」
データの一部や書き込みを見て、考え込むスコット。


●シーン06アムピオン内・保安課ブロック
コンピュータセキュリティ関連の整理などをしているジョシュ・ライアン。
課長のラウル・ラフマン・シンが入ってくる。
ラフマン「ジョシュ、ちょっといいか」
ジョシュ「はい?」
ハッチを閉めて2人きりで話す。
ラフマン「ムーサについてなんだが」
ジョシュ「なんでしょうか?」
ラフマン「アムピオンのムーサには、"アルコ" と何らかの交信をする
プログラムなり回線なり、システムなりというものはないか?」
ジョシュ「どうしてですか?」
ラフマン「保安課として、治安維持にアルコに依存できるのかを見極めたい。
可能なら、アルコを上手く利用したいからだ。
一方通行というのは、治安にかかわる者としても、気持ちのいいものじゃない」
ジョシュ「それはわかりますが」
ラフマン「言いにくいんだが、君は、ムーサのプログラムにアクセスするための
"裏口" のようなものを作っていないか?」
思い当たるところがあり、挙動不審になるジョシュ。
ジョシュ「……あ、あの……それは」
ラフマン「やはりな。本来なら許されないが、
君はいたずらでハッカーのような真似をする奴じゃないことはわかってるつもりだ」
ジョシュ「僕は、その、こないだのような件で、
ムーサが制御不能になることが心配だったんです。それで……」
ラフマン「私も君と同じような気持ちで、アルコについて調べたいんだ。
守秘義務があるとはいえ、我が社は秘密が多すぎる。今回は黙認して、私が君に命じて、
ムーサの保安テストのためにやったということにしておく。代わりと言っては何だが、
裏口はそのままにしておいて私が管理する。君はそこからアルコについて何かわかったら教えてくれ」
ジョシュ「いいんですか?」
ラフマン「アルコにもムーサがあるはずだ。それと交信していていいと思うのでね。
概要がつかめたら、保安課でもいざという時アルコに要請できるように、
運用プランを考えて上層部に相談してみる。そしたら、裏口も閉じるようにするよ」
ジョシュ「確信があるみたいですが、アルコにも同じ演算システムがあると?」
ラフマン「ある。アムピオンやオルフェ(地上局)と同じように、
3基1組で存在している。間違いない」
ジョシュ「どうしてそう言い切れるんですか?」
ラフマン「(笑って)ギリシア神話を勉強してみることだな。まあ、やり過ぎなくて良い。
もし可能なら、という程度で構わないから。もし何か問題になったら、
私が保安テストのために命じたと言えばいい」
ジョシュ「はい……」


●シーン07アムピオン内・観測研究課ブロック・数週間後
勤務中のハムザに、入室してきたスコットが、データの媒体を渡す。
スコット「アル、これを」
ハムザ「これは?」
スコット「ムーサで君の計算を検証した。大丈夫だ。計算は大枠で合ってる。
君の仮説は正しいだろう。スパコンも使わずに、よく結論を出せたな」
ハムザ「ムーサで!? 先生の割り当てを使ってくださったんですか?」
笑顔のスコット。
スコット「論文にまとめてみるか。これは、地上にいる科学者には観測できないぞ」
ハムザ「はい」
少し表情が曇るスコット。
スコット「ただ、それでな……アル」
ハムザ「はい?」
スコット「最近、ジョセリンとやりとりはしているか?」
ハムザ「いえ……どうも愛想を尽かされてしまったようで……」
ハムザを見つめるスコット。
スコット「実は、しばらく前に、彼女から私の方にメッセージが来ていてね。
君には黙っておいてくれと」
ハムザ「え?」
スコット「彼女はかなり前から、目の病気にかかってたんだそうだ」
ハムザ「……」
スコット「最近は病院にいて、メッセージのやりとりがしづらくなってたらしい。
彼女は間もなく目の手術を受けるそうだ。だが君が研究を続けることを望んでる。
入院直前に、私の方に来たメッセージだ」
ジョセリンのメール『スコット先生。ご無沙汰しています。
いつもアルを、厳しくも、優しくご指導くださって感謝に堪えません。
私は間もなく入院して、○週間後に手術を受けます。
しばらくは、ネットを通じて自分でメッセージを打つことも難しくなります』
メールに見入るハムザの表情。
ジョセリン『今、アルは壁にぶつかり、迷っているようです。でも、彼は真摯で誠実な人であり、
それは学問に対しても同じです。それは、先生の方がご存じかも知れません。
学問の道は、一つの研究にかけた膨大な努力が無駄に帰すことも多いと聞きます。
でも、それが無駄であったことを知ることも、一つの答えだと思うのです。
私は、彼に投げ出さずに、どんな結果でもいいから、自分と向き合って、自分の答えを見つけてほしいと願っています。
だから、今は私のことは、黙っていてください。どうか、アルを見守って、導いてあげてください』
内容を見て、力が抜けたような表情になるハムザ。
スコット「君は一つ壁を越えたようだ。そしたら、伝えてほしいというメッセージデータがあるんだよ。
今から転送する」
ハムザの端末に送信される未開封のメッセージ。
ジョセリン『ハムザ。答えは見つかりましたか。きっとできると思っていました。
私はあなたを知っています。あなたが天文学を捨てられるわけがないでしょう?』
動揺するハムザの表情。
スコット「もし今、彼女の元に駆けつけたいなら、休暇をとってもいい」
落ち込みながらも考えるハムザ。
ハムザ「……いえ、研究を続けます」
スコット「そうか、わかった。ただし、仕事も怠るなよ」
1人になり、仕事や研究を続けるハムザ。
ハムザ(M)『こんな僕のために』
泣き出しそうになるが、気を持ち直すハムザ。
ハムザ(M)『今、目の前のことを放り出して駆けつけても、彼女に合わせる顔がない』
光学的に彩色した星の画像を見つめ、祈るハムザ。
ハムザ(M)『どうか、彼女が治りますように』
仮説を立てて予想した次の周期が来て、想定通りのデータを得られるハムザ。
ハムザ(M)『必ず……』
意を決して論文を仕上げる。完成した論文を見て、うなずくスコット。


●シーン08欧州のどこか・セレモニー会場
ハムザやスコット、学界関係者、取材記者などが沢山いる。
アナウンス「このたび、ナントカ賞を受賞した『惑星を持つ恒星の影に隠れた、変光星の観測について』の執筆者、アル・ハムザ氏です。
軌道エレベーターからの観測結果を基に新しい天体を発見した、初の論文となりました」
拍手に迎えられて壇上に立つハムザ。
賞状や盾などを贈られ、記者会見に臨む。隣にはスコット。
ハムザ「皆さん、ありがとうございます。
アルパのオービタルリングに設置されたVLBI望遠鏡は、史上最大の規模を持ち、
地上の観測網と比べて擾乱もほとんどありません。今回の天文現象は、
地球の直径のおよそ7倍もにもなるアルパのVLBIだからこそ、
とらえることができたと言っても過言ではありません」
――などなど、色々説明するハムザ。
記者から質問。受け答え。
記者「今のお気持ちを、誰に伝えたいですか」
ハッとするハムザ。
ハムザ「私が、この論文を完成させられたのは、軌道エレベーター・アルパを生かした観測環境と、
長年師事してきたスコット博士のご教示のお陰です。この機会を与えてくださったARPAの方々、
そして、導いてくださったスコット博士には……言葉にできないほどの感謝の気持ちを抱いています」
間。
ハムザ「……そして……私をずっと…信じて支えてきてくれた……ある人に……」
間。
ハムザ「彼女は今……私は彼女がいなければ……」
涙が溢れてきて、言葉に詰まるハムザ。
ハムザ「すみません、私は……」
スコットが彼に手をかける。
スコット「喜びに感激しているようです。彼のために、今一度拍手をお願いいたします」
ハムザを袖に連れ出すスコット。
スコット「このまま行け。あす彼女の病院に向かう予定だったんだろう。
前倒しして今から休みをとっていい」
ハムザ「先生……」
スコット「あとは引き受ける。大丈夫だ、君の手柄をとったりなんかしないよ」
また泣き始めるハムザ。
ハムザ「ありがとうございます」
小走りで去ろうとするハムザ。だが、はっと思い返して戻ってくる。
ハムザ「先生、これを」
端末にデータを映し出し、スコットに渡す。
ハムザ「最終遷移を終えた "はにゃぶさ33" からの最新データを足して、昨夜再計算した結果です。
ムーサに30回以上検証させましたが、結論が変わるほどの偏差はありません」
真剣な表情になるスコット。
スコット「……そうか」
ハムザ「"調律師" に報告を」
目を合わせる2人。
ハムザ「やはり……先生は正しかった」
スコット「……よくやってくれた。さあ、行け」
ハムザ「はい」
駆けだすハムザ。


●シーン09ハムザの郷里の病院
病室。恋人が目覚めるのを待つハムザ。ゆっくりと彼女が目覚める。手を握るハムザ。


第4章 了

トップへ戻る inserted by FC2 system