第5章

トップへ戻る (M)=モノローグ(心の中で思っていることか独り言)
●シーン01軌道エレベーター "アルパ" 中間軌道局 "フルヴェン" (高度2万3000km)外
点検か補修か何かで、EVA作業中の男。
上昇してくるエレベータ−のケーブル "クエルダ" に何か引っかかっているのに気づく。
「ん?」
引っかかっている何かをさっとつかみ取る男。じっと見つめる。


●シーン02欧州のどこかの都市・教室のような場所
国際的な天文・宇宙開発関係の学会での、有人宇宙活動に関する分科会。
出席者は20〜30人くらいで、大学のゼミみたいな感じ。
ARPA社を代表して出席、発表している冒頭のEVAの男・空間業務課員のサム・ロバーツ。
ロバーツ「――というわけで、軌道エレベーター・アルパでは、以上のような活動を行っています。
このうち、ネットを使ったデブリの回収率は、運営開始から3年間で×%……
これに伴う、共存する衛星やアルパ本体へのデブリ衝突頻度は、運用開始時点に比べ激減しました」
席にいる女性が声を上げる。
「異議あり!」
びっくりするロバーツ。
ロバーツ「異議って、裁判じゃないんですから……またお宅ですか」
「スペースワロス社のケイト・パーカーです。アルパの登場により、通常の衛星の運用みならず、
地球周回軌道上における有人宇宙活動に著しく制限がかかったことも事実です。
デブリの減少はそのせいではないのですか?」
ロバーツ「それもあるでしょうが、それは主軸技術の転換による、
業界の世代交代や統廃合のようなものだと受け止めています」
女=ケイト「それでいいのでしょうか?」
ロバーツ「良い悪いではなく、必然でしょう……」
ケイト「アルパに軌道投入を委託できない軍事衛星のステルス化など、
宇宙開発の裏面の競争を加速させる原因も生んでいますよね」
ロバーツ「それは噂であって、データに基づく話じゃありませんね」
ケイト「どの国も機密なんだから当たり前でしょ」
ロバーツ「ほかにご質問は?」
ケイト「ちょっと、私が質問してるのよ」
すったもんだ々の末、ロバーツの発表が終わる。その後、彼女の順番が訪れる。
ケイト「我が社は、軌道エレベーターが登場してもなお、有人ロケットの打ち上げを行い、
アルパによって退役を余儀なくされた、様々な宇宙機や軌道上施設などの、
軌道上に残る断片を追跡、回収する事業を展開しています。単にデブリとして処理するのではなく、
歴史的遺産として残すのです。この分野は近年――」
ロバーツ「質問いいですか?」
ケイト「(不愉快そうに)……何でしょう」
ロバーツ「さきほど、軌道エレベーターのせいで衛星の運用が阻害されたと言われましたが、
仰るような希少な部品が、ケスラー・シンドロームに至らないままデブリとして残っているのも、
軌道エレベーターが登場して衛星の数が減ったお陰とは言えませんか?」
ケイト「(苦々しい表情で)……その一面もあるとは思いますが……」
ロバーツ「そもそも、そうしたデブリもアルパで回収した方が……」
ケイト「アルパのデブリシールドのネットで片っ端から除去するなら、
衝突の衝撃で貴重なものまで気化や変質してしまうでしょう」
ロバーツ「貴重なものだとわかれば、追跡して "アコルデ" という宇宙機によるキャプチャもやりますよ」
ケイト「デブリまで独占するつもり?」
ロバーツ「そんなこと言ってないだろう!」
また侃々諤々の2人
モブ「またかよあの2人……」


(T)サブタイトル『彼と彼女の事情』
●シーン03学会のバンケット会場・その夜
ドレスアップして食事しながら交流を深めている出席者たち。
ロバーツに近寄ってくるケイト。
ケイト「まーた大資本の論理振りかざして……」
ロバーツ「またか……もう絡むのいいかげんにしてくれよ」
といいつつも、ドレスを着た彼女は美しく、見とれてもいるロバーツ。
ケイト「あんたたちARPA社が、軌道エレベーターを造るために、ISSに何をしたかわかってる?」
ロバーツ「もう何回も聞いたよ……」
ケイト「落としたのよ、分解して再突入させて!」
ロバーツ「俺たちが落としたんじゃない、ISS運用国や注文を受けた業者だろ」
ケイト「同じことよ。私はね、子供の頃からISSで仕事したくて、
一所懸命勉強して宇宙飛行士になって――あんたも良く知ってるでしょ」
ロバーツ「今はオービタル・スペシャリストっていうんだ」
ケイト「それもあんたたちがミッション・スペシャリストの呼び方を変えたんじゃない。
せっかく夢がかなって宇宙飛行士になったら、一度も出番がないまま、
目指してたISSが落とされちゃったのよ」
ロバーツ「悪酔いしてるな」
ケイト「酔わずに言えるかこんなこと!」
ロバーツ「君の努力には敬服するけど、宇宙は君のような特別な人間だけのものか?
アルパがないままで良かったって言うのか? だいたい君らの会社……テラワロスだっけ?」
ケイト「スペースワロスよ (# ゚Д゚)」
ロバーツ「君らが標的を絞り込むのに使ってるデブリのカタログだって、
アルパのOPSが提供する観測データを中心につくってるんだぞ」
ケイト「OPS?」
ロバーツ「"Orbital Positioning System"。GPSの宇宙版だよ。昔のDSNとGPSをくっつけたようなもんだ。
アルパやオービタルリングを使った軌道上の測位システムだよ。
UNCOPUOSだって、今じゃすっかりARPA社に依存してる」
ケイト「だからそれが大資本の独占だっての」
ロバーツ「君らこそ、回収した部品を好事家に売ってるそうじゃないか。
軌道上のオブジェクトを勝手に回収するのは、本当は違法スレスレなんだぞ。
デブリが減るからみんな目をつむってるけど、
グレーゾーンな商売しやがって、何が歴史遺産だよ」
ケイト「……ふん、南極で採れた隕石を博物館で売ったりしてるじゃない。それと同じよ」
ロバーツ「俺は、アルパが出来たお陰で宇宙へ行ける機会を得られた。軌道エレベーターはな、
人類が宇宙へ進出するために不可欠な架け橋なんだよ。人類にとって必要なんだ。
俺は、そういう所で仕事できて誇りに思ってるよ」
ケイト「そんな歯の浮いたこと、よく言えるもんだわ。
あんた、そういう大義のためにスペシャリストとやらになったわけ?」
ロバーツ「そうだとも」
ケイト「うわ、借り物臭い動機! 自分の言葉で喋んなさいよ……暑苦しい男」
ロバーツ「君は違うのか?」
ケイト「私は自分のために、やりたいことをやるだけ。
結果として世の中のお役にも立てればなお良しっていう程度ね」
ロバーツ「そんな動機で宇宙飛行士やってて恥ずかしくないか?」
ケイト「あんたこそ、そんな建前振りかざして恥ずかしくないの? 精神的に楽してるって自覚ないでしょ?」
ロバーツ「なんで楽してるんだよ? 俺たちは色々背負ってるんだ。宇宙開発の発展のためだよ」
ケイト「あいにく私は軌道エレベータ−教の信者じゃないの。
人類の福祉を説く割には、ARPA社が宇宙開発を独占してるじゃない。
アルパにぶつかるから宇宙船も衛星も勝手に打ち上げるな?
宇宙へいきたければ運賃払いなさい? 宇宙で働きたければARPA社に就職しなさい?
そこが気に入らないのよ。結果的に、門戸は狭くなってる」
ロバーツ「いずれ2号塔や3号塔が建って軌道エレベーターが増えたら、それも変わるよ」
ケイト「だいたいね、今までみんなが使ってた道に後から塔建てておいて、
ぶつかるからこっちが避けろって何なのよ。地上げ屋じゃあるまいし」
ロバーツ「仕方ないだろう。すべての軌道上の物体は赤道を通る。回帰周期が重ならないか、
アルパより高い軌道じゃない限り、全ての衛星がぶつかっちゃうんだから」
ケイト「軌道エレベーターを全否定はしないわ。色々成果が上がってるのも認める。
でも、私たち有人ロケット派だって、まだまだ現役なんだから。
アルパを造るために、既存の衛星を回収や落下させて、その作業で発生した部品が軌道上に散乱したじゃない。
それを私たちは回収してるの。いい? 私は、あんたたちの後始末をしてるのよ」
ロバーツ「そいつはどうも。後始末じゃなくて隙間産業だろ。いや、俺に言わせればハイエナだね」
ケイト「何ですって!?」
ロバーツ「大体、デブリ取りやりながら、その活動のせいでまたデブリ生むだろ」
ケイト「最低限自分たちがパージしたものは、デオービットさせてますぅ!」
ロバーツ「そういう悪循環を断ち切れるのがアルパなんじゃないか。
軌道エレベーターの運営は俺たちの使命だよ」
ケイト「は! (`ω´#) 純粋真っすぐタイプって、ぽっきり折れると大変よー。
大体、あんたも昔はISSを目指すって言ってたよね? 『競争だ』って」
ロバーツ「そうは言うけどさ、君は宇宙飛行士の選抜をくぐり抜けたけど、俺は落ちちゃったから。
それでも軌道エレベーターのお陰で宇宙へ行けたんだ。アルパがなければ無理だったよ」
ケイト「……まあ、それは、良かったわね」
ロバーツ「あ、ありがとう……」
ケイト「かたや私は、NASAの選抜通ったのにアルパが出来ちゃって、
お払い箱になっちゃったわよ。それで民間に入ったんだから」
ロバーツ「ARPA社に入れば良かったのに」
ケイト「何その上から目線!? 大企業風吹かしてんじゃないわよ、この変節漢が!」
ロバーツ「何ィ!?」
つかみ合いになりそうになる2人。


●シーン04アルパ・地上局 "オルフェ"
職員用の待機室。
昇降機 "コルチェア" の業務用便に乗るために、準備している保安課員ジョシュ・ライアン。
入ってくるロバーツ。
ロバーツ「おう、ジョシュ。おはよう、久しぶりだね」
ジョシュ「ああ、元気だったか……なんか眠そうだな」
ロバーツ「学会で成果報告してきたから、時差ボケでね」
ジョシュ「ああ、どうだった?」
ロバーツ「スペースワロス社のケイト・パーカーに、
また絡まれて邪魔された」
ジョシュ「ああ、あの打ち上げ屋の女性飛行士か。また出くわしたのか。縁があるなあ」
ロバーツ「よしてくれ。商業有人活動分野での宣伝の場でもあるから、おのずと会うのさ」
ジョシュ「向こうも成果発表か。絡まれたって……同期なんだろう?
なかなかの美人だって話だけど、友達じゃないの? 彼女?」
ロバーツ「同期で、しかも同郷だったんだ。シアトル出身で、お互い宇宙を目指してて、
当時のNASAの宇宙飛行士選抜で知り合ったんだ」
支度をして、乗り場へ向かう2人。乗務準備をしている広瀬あおいと遭遇。
ジョシュ「おはようヒロセ」
あおい「おはようございます先輩、ロバーツさん……
(ロバーツの表情を見て)何だかお疲れのようですね」
ロバーツ「ヨーロッパ帰りでね」
あおい「ああ、学会報告ですか。お疲れ様でした」
ジョシュ「彼が疲れてるのは、女絡みだよ」
あおい「?」
事情をわからなないあおいに説明してやるジョシュ。
ジョシュ「彼女は当時のNASAの選抜で選ばれて宇宙飛行士になったんだが、
フライト待ちしてる間にアルパ建造が始まっちゃって、
NASAはアルパに業務委託するようになって、事実上失職になったらしい。
一方選抜で落ちたこいつはARPA社に入った。
そのせいか、彼女は軌道エレベーターを目の敵にしてて、絡まれるんだとか」
ロバーツ「彼女が怒ってるのは、ISSが廃止になったからだけどね。
その怒りを俺にぶつけられても……骨の髄からのプロレタリアートなんだよ」
ジョシュ「スペシャリストとしてはどうなの?」
ロバーツ「確かに優秀な方だと思うよ。EVAも経験豊富だし、
実際、前時代の宇宙機の貴重なパーツを選りすぐって回収した実績もある」
ジョシュ「(あおいに向かって)一度 "シレナ" が手合わせしてみたら?」
苦笑しているあおい。
ジョシュ「しかし話聞いてると、喧嘩するほど仲が良いってやつにしか思えないがね」
ロバーツ「よしてくれ、腐れ縁だ」
あおい「そういえば、先輩とロバーツさんも同期なんでしたね」
あおいに向き直るジョシュ。
ジョシュ「ところで、ヒロセも次の業務リフトなの?」
あおい「はい。アムピオンへ上がります」
ジョシュ「旅客便じゃないの?」
あおい「総裁がお見えになるので、その付き添いなんです。
ですから今回は職員用の業務便で」
ジョシュ「総裁!? ウチのトップ? アムピオンに行くのか?」
あおい「はい。現場視察なさるそうです」
ジョシュと
ロバーツ
「 工工エエエエ(´д`)エエエエ工工 」
ロバーツ「同じ便なんて息が詰まるだろ!」
ジョシュ「旅客便のファーストクラスにでも乗れよ!」
あおい「ベルナール総裁は気さくな方ですから、緊張しなくても大丈夫だと思いますよ」
ジョシュ「え、お前面識あんの?」
ロバーツ「俺、最終面接でも会わなかったよ」
あおい「同期なんです (・∀・)」
ジョシュ「何の同期だよ、パリ二高? 東海大モンマルトル校?(笑)」
あおい「タモリさんじゃないんですから」
ロバーツ「ヒロセ君もジョーク言うんだねえ(笑)」
男の声「アオイ、アオイじゃないか!」
振り向く3人。秘書やSPなどを連れた、恰幅のいい、
いかにも会社の重役か政治家みたいな感じの老紳士がいる。
フランソワ・ベルナールARPA総裁。笑顔を向けるあおい。硬直するジョシュとロバーツ。
声の主=
ベルナール
「私だよ、フランソワだ!」
あおい「お久しぶりです、総裁。お元気そうで何よりです」
ベルナール「総裁はよしてくれ、君と私の仲じゃないか、HAHAHA!」
冷や汗をかきながら唖然として見ているジョシュとロバーツ。
あおい「今回往復される間、お食事など身の回りのお世話をさせていただきます。
よろしくお願いいたします」
ベルナール「それは嬉しい! 道中で昔話に花を咲かせようじゃないか、
だって私はフランス人だからHAHAHAHHAHAHA!」
あおい「おほほほ。私は機内でお迎えする準備がありますので先に参ります。
また後ほど」
お辞儀して先に行くあおい。
ベルナール「(お供のSPと秘書に)じゃあ君らは地上局で待っててくれたまえ。
戻ってくるまで休暇でいいよ」
SPや秘書「(当惑顔で)しかし総裁……1人でもお側に……」
ベルナール「彼女がいるなら心配ない。君ら無重量状態で満足に警護できるかね?
しばらく南国リゾートで羽を伸ばしたまえ。HAHAHAHA!」
SPを置いて歩き出すベルナール。
ジョシュ「あ、あの……総裁……失礼ですが、ヒロセをご存じなのですか?」
ベルナール「いやあ、彼女とは同期でね! HAHAHAHHAHAHA!」
歩いて行くベルナール。背後から見ているジョシュとロバーツ。
ジョシュと
ロバーツ
「だから何の同期だよ……」


●シーン05モルディブ共和国・マレ・カフェか何かの飲食店
お茶しているガン島特区警察のハッサン・ナシール。
待ち合わせをしていて、相方のスチュアート・ライスがやってくる。
ライス「行ってきました。"ミッション" 代表の件」
ナシール「ああ、ご苦労さん。どうだった?」
ライス「ここ(マレ)の出入国管理局の記録調べてきましたけど、
出入りの記録が全然ないですね。少なくとも、ノリト・アマミヤ(天宮尊人)の名ではね」
ナシール「芸能人みたいに、本名は別にあって、
そっちで手続きしているというなら、珍しい話でもないが」
ライス「私有の船でも使って密入国しているとか?」
ナシール「そこまでやる必要もないだろう。別に密輸の嫌疑で調べてるわけじゃないから」
ライス「……それとも、実在していない?」
ナシール「収穫はあったな。この後行くって連絡はしてある。ちょっとぶつけてみるか」


●シーン06"ヘヴンズ・ミッション" マレ支部
事務所を訪問し、応接室のような場所に通されて、
第3章に出てきた支部長を務める男に話を聞く刑事2人。
支部長「何度いらしても同じですよ。事件とはかかわりはありませんので」
ナシール「ええ、すみません。これも仕事で。しかしきょうはちょっと別の質問もありまして。
お宅の代表ですが、いつもネットで説教……いや講演なさっているようですが、
この国に来たことはあるのですか?」
支部長「もちろんです。自身でこの支部開設に尽力しました」
ライス「失礼ですが、入国の記録がありません。
ミスタ・ノリト・アマミヤというのは本名なのですか?」
支部長「……それは……代表は……」
奥から声がして、男が入ってくる。ヘヴンズ・ミッション代表の天宮尊人。
声の主「私から説明しましょう。ヘヴンズ・ミッション代表の天宮です」
驚く2人。かしこまる支部長。
声の主=天宮「失礼ながら、お話を聞いておりました。盗み聞きのような真似をお許しください。
出入国の手続きですが、ご指摘の通り、別名で行っています。
当然、証明書やバイオメトリクスのデータもです。
何しろ、最近は既存の宗教や思想団体などの嫉妬を買って、
穏やかならぬメッセージも届くもので、身の安全のためにね。
無駄足をさせてしまったことはお詫びしますが、私たちは、捜査への協力は惜しみません」
パスポートか何かの証明を見せる天宮。全然違う名前が書いてある。
ナシール「……失礼しました」
天宮「それから、私たち自体は宗教団体ではありません。この国には国教のイスラム教がありますし。
私たちは互助組織であり、ライフプランナーのような集まりです。
誤解しないでいただきたいのですが、私たちは終始一貫、どこかの原理主義的な宗教団体のように、
アルパに悪意を抱いてはいません。むしろ、意義を認めているのです」
ナシール「聞いてみたかったのですが……仰るような何かのミッションというのが、
本当に自分の天命かどうか、どうやって見極めるのですか?」
天宮「それが授かった天命であれば、おのずと確信を持てるものですよ。
私たちはセミナーや対話を通じてそれを見つけるお手伝いをして、
見つけた天命に励む勇気を持っていただくよう、少し肩を押すだけなのです」
支部を後にする2人。
ライス「あてがはずれましたか。でも、言ってること自体は結構いいですね」
ナシール「そうかね? 自分の答えは授かるもんじゃなくて、自分の中にあると思うがね。
それはともかく、胡散臭いのは相変わらずだが、まあ異常というほどではないか……
これ以上は調べるにはちゃんとした筋や礼状がないとなあ。つつくのは難しい。ここまでかなあ……」


●シーン07ミッション・マレ支部・その直後
刑事らが去った直後、入れ替わりに支部を訪れ、
事務所前で逡巡している、ARPA社保安課員主幹・ルイス・メンデス。
入ろうかどうしようか迷っている。
メンデス「……これが、天命教の支部か……」


●シーン08ARPA特区本社・メンデスの回想
思い詰めて半鬱状態のようなメンデスに話しかける、
保安課長のラウル・ラフマン・シン。
ラフマン「最近の君の様子は、普通ではないよ。見ていて心配だし、業務への影響も気になる。
少し休暇を取ってみるかね?」
メンデス「そうは言っても……一度休んだら、先がますます不安になります」
ラフマン「相談には乗るが、もし職場で私的なことを話したくないなら、
医務課でカウンセリングを受けてみたらどうだ」
メンデス「カウンセリングですか……」
ラフマン「アムピオンも人が増えて来たけど、それでも軌道局での孤独な勤務で心を病む職員もいるんだよ。
ここだけの話だが、こないだ問題を起こした技術開発課のベイカーも相談していたという話だ。
君がああなるとは言わないが、1人で思い詰められても困るからね。
カウンセリングを受けるだけで、考課にマイナスになることなんてないよ」
メンデス「そうですか……」
ラフマン「行く日のスケジュールを地上シフトに合わせるようにしてやるから。
とにかく、プロの相談員にはき出してみたらどうだね」
メンデス「はい……」
続いて、医務課のケアマネージャーのような人に話をするメンデス。 彼を品定めするような感じで話を聞く相談員。
メンデス「……それで、ガン島で暮らしていくのは嫌だって、
女房が子供を連れて国に帰ってしまいまして」
相談員「お国は……ブラジルですか。それは遠いですね」
メンデス「せっかくの本社勤務で、ARPAは給料もいいんですけど、女房が先に鬱みたいになってしまって……
もう離婚は避けられないです。それは諦めました。でも今度は私が落ち込んで、
一体誰のために頑張ってきたのか……これから何を張りに生きていけばいいのか……」
相談員「それはお辛いですね」
――などなど、懺悔か告解もするように、色々話すメンデス。
相談員「少しお休みをとるように、こちらからも報告しておきます。
しばらく仕事のことは考えずに、気分転換なさるべきでしょう」
メンデス「でも、やることがないです。会社以外ではモルディブに友達もいないし」
相談員「いったんお国に帰ることは?」
メンデス「とてもそんな気には……かえってこっちのことが気になって、
落ち着かなくなると思うんです」
相談員「それでは、何かアクティビティにでも参加してみてはどうですか?
うちではそういうセミナーなども紹介していますよ」
――という感じで、言葉巧みに、しかし間接的にミッションのマレ支部に行くように誘導する相談員。


●シーン09再び支部の前・回想終わり
中から奇麗な女性が出てきて、メンデスを歓迎する。2章でちょっとだけ登場した女秘書。
媚びのある目で魅了する女秘書。
女秘書「メンデスさんですね。ご連絡、受けていますよ。
友達でもつくるつもりで、気軽にご参加ください。メンデスさんはついてますよ。
実はきょう、代表がうちの支部に来ているんです。ぜひ直接お話してみてください。
きっと心が晴れますよ」
女にみとれて誘導されていくメンデス。団体の代表・天宮尊人に引き合わされる。
天宮「ようこそお越しくださいました。お会いできて嬉しいです」
メンデス「はあ」
カウンセリングの時と同様、悩みを打ち明けたり愚痴をこぼしたりするメンデス。
注意深く聞いたり、相づちを打ったりする天宮。一通り話を聞いて、話しかける。
芝居がかってはいるが、人間的魅力があって、引き込まれるような感じ。
天宮「焦ってはいけませんよ。あなたがまだ生かされているのは、あなたには果たすべき天命があるからです」
メンデス「……天命ですか」
精神的に余裕をなくしているせいで、話に引き込まれていくメンデス。
天宮「己の天命を果たした時、道が開けて光が見えるしょう。その時まで一緒に頑張りませんか」
――などなど、巧みな話術で籠絡されていく。このほか、支部の中で、
心の隙間に入り込んでくる天宮の説教や、女秘書の色仕掛けなどで籠絡されていく場面を数カット。


●シーン10アルパ・中間軌道局 "フルヴェン"
乗ってきたコルチェアから下車して、空間業務課の勤務につくロバーツ。
(フルヴェンの構造は、アムピオンのようにブロック集合体ではありません)
ロバーツ「お疲れ様です」
先輩課員で第3章に出てきたマルク・フォークトが引き継ぎをする。
フォークト「おお、お疲れ。これまで異常はなし。あとは、○:○○時にアコルデを1回軌道投入する。
×時間後に、管制課からマニューバを引き継ぐ予定だ。オブジェクトの軌道要素はここ」
データを指さしたり説明したり。
ロバーツ「わかりました。あとはやっておきます」
空間業務課員A「あと、北米から有人の打ち上げがあって、○時間ほど前から軌道上で活動してる。
特に異常はないので、ウォッチは管制課に任せてる。
あとは定期の施設メンテだけでいいよ」
ロバーツ「はい」


●シーン11地球周回軌道上
スペースワロス社の有人宇宙船 "ヌルポガ"号。
地球を見上げながら色々操作しているケイト・パーカー。
ケイト「キャメロン、こちらヌルポガ。遷移終了。このままアプローチします。
軌道傾斜角56.5度。遠地点は伸びちゃってるけど、傾きはほぼ同じだし、
ISSやその関連の宇宙船の破片の可能性が高いね」
米テキサス州
キャメロンの地上管制
『ヌルポガ、こちらキャメロン、了解。(以下、通信の復唱は省略します)
観測データでは、大きさは○cm以上でかなりデカい。
今まで再突入もせず、アルパにもひっかからずに、よく残ってたなあ』
ケイト「ISSを落とす際、分解時に面倒臭くてその場でポイ捨てした部品も多いそうよ。
何か文字でも入ってたらお宝ね。
地上管制『じゃあ、定石通りいったん高度を落として追いかけて、
内側からアプローチした後に同期するか』
ケイトうーーーーん(眼をこらして地球光に背にシルエットになった回転体を見極める)あれかしら?
見えてきた……あれ、可動部っぽい……あの特徴ある形……
ロシアモジュールのERAの一部じゃないかな? あ、でも回転がけっこう速い」
地上管制『よくわかるなあ、だとすれば結構価値あるかもな』
アプローチする宇宙船。回転を同期させようとするが、何らかの機能欠陥が生じて失敗し、
対象物がどこかにぶつかる。色々警報が鳴る。
ケイト「しまった」
地上管制『ヌルポガ、アラートが沢山鳴ってるぞ、どうした?』
ケイト「姿勢回復して、機器をオフにしても警報が収まらない。
バイタルパートに何かあったかも。診断し直す」
部品は回収しそこねて離れていってしまう。
ケイト「ああ……傾斜角がほんの少し変わっちゃったみたい。
あれじゃ次の邂逅までは軌道上にいられないわ。追いかけて……る場合じゃないね」
地上管制『当たり前だろ。最悪の場合はミッションを中止して、帰還船で戻れ』
ケイト「それが、帰還船からのアンサーバックがないの。どうも接続部がやられたかも。
それに、ペリスコープだけで再突入やったことないし……」
侃々諤々話し合うケイトと地上管制。


●シーン12アルパ・静止軌道局 "アムピオン" 内・保安課ブロック
保安課ブロックに入ってくるあおいとジョシュ。
ジョシュと交代する予定のラフマンらがいる。
あおい「失礼します」
ジョシュ「お疲れ様です、チーフ」
ラフマン「ああ、ご苦労さん。ムーサに異常はないよ。ほかも平穏だ」
ジョシュ「ありがとうございます。総裁が来てるからちょっと片付けようと思います」
ラフマン「……ああ、ベルナール総裁と一緒の便で来たのか、じゃあもう着いたのか?」
ジョシュ「はい。出迎え無用だと。保安課としてはやることはありますか?」
ラフマン「いや、特に不要だと事前に連絡があった。SPもついてきてないらしいな」
少し声を落としてサシで話すジョシュとラフマン。
ジョシュ「それが、ヒロセがいるからついてこなくていいって、
地上局に残してきちゃったんですよ」
ラフマン「そうなのか……?」
ジョシュから離れ、あおいに話しかけるラフマン。
ラフマン「今回は総裁の警護役もやっているのか?」
あおい「特別そういうわけでも……保安課員兼アテンダントとして、
いつもやっている仕事と基本的に同じですから。今は保安課に戻るよう言われましたし」
ラフマン「しかし、総裁に何かあったらことだからな。保安課にもコルチェア内にも大した装備はないし。
まあ確かに無重量状態なら、君が適任だとは思うが」
あおい「……」
ラフマン「仮に、総裁を含む乗客に命の危険が迫る時は、どうすることを想定している?
私たちの初対面の時のようにやりあうかね?」
あおい「お客様の安全確保が先決ですから、避難させられるなら最優先にするとして、
それが無理なら、アムピオンやコルチェアの構造上、戦術としては相手を傷つける前に威嚇して、
別のブロックやエアロックに隔離するのがベストだと考えます。暴れないように減圧するとか」
ラフマン「なるほど、麻酔ガスでもあればいいんだがな……武器とは違うから申請すれば下りるかもしれんな……
しかし、そう簡単に隔離できなくて、もし自分や乗客を守るために相手を殺傷しなければならない場合は?」
あおい「やむを得ない場合は、実力で脅威を排除するのが保安課の仕事だと思います」
しばらく黙って視線を合わせるあおいとラフマン。
ラフマン「ふむ……さっき言ったように、保安課に大した武器はない。どうする?」
あおい「その時は……手近にあるもので何とかするしかないでしょう」
ラフマン「あるもの?」
あおい「ペンでも施設の部品でも宇宙食のストローでも、何か武器にできそうなものを使うとか……」
ラフマン「それに、ヘアピンか」
苦笑するあおい。あおいをじっと見つめるラフマン。興味深そうな笑みを浮かべる。
ラフマン「……やはり面白いな君は。それでいい、君なら大丈夫だろう。
なるほど、総裁を守るには君の立場は適任かも知れん。
アテンダントを保安課員にしたのはやはり正解だったな。
管制課で総裁を歓迎する準備をしてくるよ。宇宙にいても所詮は宮仕えだからな」
フワフワと保安課を出て行くラフマン。
ジョシュ「なんか、チーフとお前の会話って剣呑だよな」
少し思い詰めた感じで黙っているあおい。背中を向けたままジョシュに一言。
あおい「……先輩」
ジョシュ「はい」
あおい「総裁のご視察の前に、保安課の端末で
アダルトサイトを見た履歴は消しておいた方がいいと思います」
ジョシュ「なぜそれを!? Σ(゚◇゚;)」


●シーン13アムピオン内・管制課ブロック
通路ブロックから流れてくるラフマン。
コマンダーのケネス・マッケイに話しかける。
ラフマン「総裁が着いたんだって?」
マッケイ「ああ」
ラフマン「いいのか、職員一同で出迎えとかしなくて?」
マッケイ「まずは観測研究課へ行ったよ。スコット博士とは昔からの親友らしいから、 最初に話したいとか」
ラフマン「(いぶかしげな表情で)……そうなのか。だからヒロセも外してるわけか」
マッケイ「その後、一休みしたら順繰りで各課を見て回るそうだ。整頓しておけよ」
ラフマン「(苦笑し)……今片づけをやってるよ」


●シーン14アムピオン内・観測研究課ブロック
観測研究課にフワフワと入ってくるベルナール総裁。気づいて振り向くアダム・スコット、
かしこまるアル・ハムザ。技術開発課長のトニー・カーンもいる。
ハムザ「あ、総裁」
ベルナール「ああ、そのままで」
ハッチを閉め、秘書は外で待つ。
がっしりと握手か抱擁する総裁とスコット。友情の厚さを表す表現。
カーンとも固く握手。皮肉っぽい笑みを浮かべているカーン。
カーン「どうも総裁、しばらくです」
ベルナール「この顔ぶれがそろうのは何年ぶりかな」
スコット「わざわざアムピオンまで悪いな」
カーン「宇宙ステーションの中は、内緒話にはもってこいですよ」
ベルナール「(ハムザの方を向き)アルだったな。ナントカ賞おめでとう。
我が社としても鼻が高いよ。今度結婚するんだってな、2重におめでとうだ。HAHAHAHA!」
ハムザ「ありがとうございます」
ベルナール「普段の君の働きも聞いている。保秘のためとはいえ、
膨大なデータの整理や検証をほとんど1人でやって大変だっただろう。
さすがは、アダムの一番弟子だ。よくやってくれたな」
ハムザ「いえ……僕も、どこか遠くのことのように思ってましたが、
データを見て、先生の言われた通りだと目が覚めました。検証結果は万全です」
ベルナール「それで、"アロフォノ" のご機嫌は」
スコット「どうしても、我々に会いに来たいらしい」
ベルナール「……避けられんか」
色んな資料を見せたり、質疑応答したりする4人。
スコット「こっちは "調律師" への提出資料や意見書の準備を整える。
根回しを頼むぞ」
ベルナール「わかった。間もなく年次総会があって、そこで計画のためのダミーの予算案を承認させる。
それを乗り切ったらDデイだ」
カーン「いよいよ、アルパの本領発揮ですねえ、ずっと待ってましたよ」
ベルナール「浮かれて良いことでもないがな」
スコット「……不思議なもんだな、いざその時が来てみると、冷めた感情しかない」
ベルナール「確かに複雑だろうな。お前は正しかったが、
それを望んでいたわけじゃないんだから」
カーン「審判は後の歴史に委ねるだけですよ。我々は、自分たちが信じることをやるだけです」
視線を合わせる3人。
すると観測研究課の機器がいくつか警報を出し、すぐ調べるハムザ。
スコット「どうした?」
ハムザ「大規模な太陽フレアの発生のようです。ムーサに詳しく予測させます」


●シーン15フルヴェン内・空間業務課
お仕事中のロバーツら空間業務課員たち。
空間業務課員B「観測研究課からお知らせだ。太陽フレアが起きたみたいだな。
"風" が吹いてくるらしい」
ロバーツ「何日後ですか?」
空間業務課員A「GMTで○日後の×時頃からだな。"傘" の準備をしようか」
ロバーツ「はい」
そこ警告音とへアナウンス。
アナウンス『管制課より空間業務課へ通達。民間業者から軌道上救援要請。
要救助者は軌道上オブジェクト○○−××。救出オプションを組むので集合を』
管制課で会議。モニタか何かで対象の軌道やアルパとの位置関係が示されている。
管制課員C「米スペースワロス社のヌルポガ号。現在の高度は332km、軌道傾斜角56.4度……
TLEからして旧ISSの軌道をなぞっていて、行動不能になったらしいね。
帰還船を分離できなくなったみたいだ」
空間業務課員B「自力帰還できないのか……」
社名を聞いて、ケイトのことを思い出すロバーツ。
ロバーツ「スペースワロス社……何人乗りですか?」
管制課員B「1人らしい]
ロバーツ「今時ワンマンですって!?」
空間業務課員A「末期型のソユーズを、自由度を高くして改悪した奴だよ。
アルパが出来て使われなくなったのを安く買ったんだろ。
最近の民間の打ち上げ業者はこれを1人乗りにして、軽くなった分マニュピレータを付けたり、
推進剤や空気を余計に積んで活動時間増やしたりしてるんだ。
最近こんな魔改造した海賊機みたいなんの多いらしいぜ。
こっちに注文すりゃアルパから補給だってできるのにケチってさあ。
とんでもないブラックだよな」
管制課員B「で、空気はしばらく持つけど、すでに何か故障を起こしてて帰還できないらしい。
これでフレアと大気膨張に見舞われたら、機器がオシャカになった末に落下する危険がある。
このままでもいずれアルパにぶつかるしな」
空間業務課員B「アコルデで回収するか?」
ロバーツ「無人機だと、万が一活動中にフレアの影響で故障した時に変則的な対応ができません。
大気膨張も控えてますから、俺いきます。有人機のアコルデを準備してください」
空間業務課員B「帰りにコブ付きで要救助者も載せてくるから、直行の軌道だと1人しか乗れないよ。
時間的にもかなりタイトだ」
ロバーツ「構いません」
空間業務課員A「じゃ、管制課はアムピオンとオルフェに具申して、
すぐにムーサで軌道算出してくれ。こっちは軌道投入の準備をする」
準備にかかる一同。
管制課員A「地上局並びに全軌道局の管制課、こちらフルヴェン管制課。
低軌道フォールで救助ミッションを行います。追尾とバックアップの準備お願いします」


●シーン16地球周回軌道上・ヌルポガ号内
夜の面に入っていて外は真っ暗。EVAも含めて色々機器を調べながらまんじりともしないケイト。通信が入る。
地上管制『ヌルポガ、こちらでも色々話し合ったが、アルパに救援を頼んだ。
そっちでも救難信号のビーコンを出せ』
ケイト「やだ! あいつらに借りをつくるなんて絶対嫌!」
地上管制『太陽フレアが発生したんだよ。
風に見舞われてブラックアウトしてからじゃ遅いぞ』
ケイト「ぐぬぬ……」
地上管制『とにかく、あとは救援を待て』
ケイト「えー……いくらかかんのよう」
前後して通信が入る。
通信の声『ヌルポガ号、応答願います』
ケイト「こちらヌルポガ」
通信の声『ヌルポガ、こちら軌道エレベーター・アルパ軌道局・フルヴェン。
これより救援を向かわせます。アプローチのため、ここから先、
危機回避以外の軌道変更作業は一切行わないでください』
ケイト「(苦々しい表情で)フルヴェン、こちらヌルポガ。了解……」


●シーン17フルヴェン外・軌道スリングシステム
居室で冒頭でクエルダに引っかかっていた物を手に取った後、
スキンタイトスーツの上に、耐Gジェルを内蔵した重厚の外殻宇宙服を着て、
軌道スリングに係留されている有人アコルデのコクピットに乗り込むロバーツ。
管制課員A「基本的には、風が来るまではムーサに全部任せていい。
Gを抑えるために大回りのスパイラル軌道で設定してあるが、
それでも遷移する時のデルタVはコクピットの耐G機構を超えてて結構キツいから、気をつけてな」
ロバーツ「はい」
空間業務課員A「あとそれから、試作品の量子通信機を実験的に搭載してある。
インパネの右の方だ。タブレットみたいに取り外せるようになってる」
ロバーツ「量子通信ですか?」
空間業務課員A「といっても、まだ限られた字数でアルファベットの文字情報を送れる程度だけどな。
20世紀の末頃に使われてた "ポケベル" って知ってるか? そんな感じだ」
ロバーツ「へえー、そんなものが実用化されつつあるんですか」
空間業務課員A「通信量は限られてる代わりに、距離も通信環境も制約がない。対の通信機は管制課にある。
コア部分は厳重な宇宙線対策をしてあるから、風に直撃された時際には役立つかも知れん。
いざという時は使うといい」
ロバーツ「はい」
秒読み。
管制課員B「3…2…1…Punch It! (・∀・)」
音もなくゆっくりと離れて、落下していくアコルデ。


●シーン18地球周回軌道上・ヌルポガ号内・その後
何回も周回した後、現在は昼側。宇宙食をちゅーちゅーすすっているケイト。ロバーツの声で通信が入る。
ロバーツ『ヌルポガ号、こちらARPAのアコルデ11。聞こえますか? 応答願います』
ケイト「アコルデ11、こちらヌルポガ」
ロバーツ『ヌルポガ、空間業務課のロバーツだ』
びっくりするケイト。
ケイト「アコルデ11、あんたが来たの……?」
ロバーツ『やっぱりなー。助けに来たぞ。そっちの軌道と自転の要素送ってくれ。照らし合わせる』
ケイト「……不明」
ロバーツ『壊れたの?』
ケイト「そうみたい」
ロバーツ『OPSは?』
ケイト「ああ、あれ。受信機器が高いんだもん」
ロバーツ『命に比べりゃあ安いだろう。これがなきゃ、こんなに早く君を発見して
緊急救援体制を整えられなかったんだぞ。じゃあこっちでデータをとって同期させてみる』
船窓にアコルデが見えてくるのを見つめるケイト。
アプローチしてベクトルを同期させ、ゆっくりと機体を接舷、回収するアコルデ。
ロバーツ『アームとクッションチューブで機体ごと回収するが、
その後ヴァン・アレン帯を通過して帰投するから、こっちに乗り移ってもらう。
エアロック壊れてるかも知れないんだよな? タイトスーツ着てる? 減圧なしでEVAはできるか?』
ケイト「(ぶすっとした表情で)……了解。できる」
タイトスーツの上に外殻宇宙服を着て出てくるケイト。
同じく宇宙服でエアロックから体をのぞかせ、手を伸ばしてくるロバーツ。
ケイト「ちょっと、あんたまで出てくる必要ないのに。二度手間でしょ」
かまわず手を掴んで引き寄せるロバーツ。
ロバーツ「無事かい?」
ケイト「まあね」
ロバーツ「……良かった」
ケイト「……」


●シーン19地球周回軌道上・アコルデ内
エアロックで気圧調整し、アコルデのコクピットに入った2人。軌道遷移を行うアコルデ。
ケイト「軌道エレベーターと相対速度合わせるのって、静止軌道付近じゃないと難しいでしょ?
これ、うちの船抱えたままで、静止軌道まで遷移するだけの推力あんの?」
ロバーツ「いいや。軌道面を変えて高度1000くらいまで遷移して、半分以上消費したよ。
でも間もなく迎えが来るから」
ケイト「迎え?」
通信が入る。
管制課『アコルデ11、こちらアルパ軌道局管制。間もなくアプローチだ。
全方位で受信体制を整えてくれ。相対速度大丈夫だな?』
ロバーツ「アコルデ11、了解、準備OKです」
レーダーや色んな機器が反応し、何かが接近してくることを告げる。
ケイト「(レーダーを見て)何、これ? デカい……アルパ?」
ロバーツ「ロータベータ "バチュータ" だよ。全長2万kmを超える自転型軌道エレベーター。
これで高度2万5000kmくらいまで連れてってもらえる。
TLEが許容範囲内なら、緊急避難向けに誰でも使えるんだ。
ヴァン・アレン帯をゆっくりめに通過する間、中に隠れることもできるし、補給も可能だ」
ケイト「ロータベータ……」
ロバーツ「で、遠地点でパージする際に、静止トランスファ軌道に投げ入れてもらってホーマン遷移する。
最後にもう1回ドリフト遷移をして、アムピオンに戻るって流れだよ……反動に気をつけろ」
信号をやりとりしたバキュエータの末端から、マザーアームのネットが出てきて、
アコルデを引っかける。グイと引っ張られるアコルデ。
遊びで一端びろーんとかなりの距離伸びた後、徐々にアームが縮まっていき、接舷終了。
(バキュエータはマザーアーム機構を内蔵していて、システムが同期すれば対象を捕まえてくれます)
接舷後は少しずつ自転速度が上がって船内にわずかな慣性重力が生まれる。
ロバーツ「軌道エレベーターも、捨てたもんじゃないだろ」


●シーン20バチュータに収納されたアコルデ内・その後
船内で小休止している2人。眠ったり食事したり。
遠くなっていく地球、少しずつ見え方が変わっていく月など、時間経過を表す数カット。
ケイト「……うちの宇宙船、どうなるの?」
ロバーツ「とりあえず静止軌道上で係留して、あとはそっちの会社から注文があれば、
修理してフルヴェンに運んで、また軌道投入してくれるよ。
その時にはコルチェアで乗りにくることになるな」
ケイト「機体を魔改造してて保険下りないと思うから、
今回の件で大赤字だと思う。どうなるやら」
ロバーツ「そうか……」
間。元気なさそうにケイトがつぶやく。
ケイト「このまま、有人ロケットは衰退していっちゃうのかな……」
ロバーツ「軌道エレベーターが、もっと色んな道を開いてくるよ」
ケイト「そうかな、代わりに失うものも、沢山あると思うけどな……」
ロバーツ「なあ、ARPA社に来ないか? 君はEVA経験あるし、
空間業務課で歓迎されると思う。俺も推薦するよ」
ケイト「……うーん、やっぱり今はやめとく。一緒にやってる人たち尻目に自分だけ抜けるのやだし、
まだ、私たち打ち上げ屋にしかできないことがある気がするから」
少し残念そうなロバーツ。
ケイト「鳥に憧れて空を飛ぼうとした人は、飛行機やヘリで飛んでも、きっと違うって感じるんじゃないかな。
でも、飛べない頃に戻れないのはわかってる。みんなそうやって、何かを置いて前へ進むんだよ。
それは、宇宙も同じ。仕方ないよ……でもまだ、置き去りできないものが残ってて、
軌道エレベーターは、それを見極める前に全部一掃しちゃうように思えるんだよねえ。
今の時代を見て、フォン・ブラウンやツィオルコフスキーはどう思うかしら?」
ロバーツ「そう言うけどな、ツィオルコフスキーは、軌道エレベーターの生みの親でもあるんだぜ?」
ケイト「やっぱあんたムカつく……でもホント、仕事に誇りを持つのはいいことだけど、
それを通り越して依存にならないように気をつけた方がいいと思うよ」
ロバーツ「どういう意味?」
ケイト「あんたは自分の中につくったアルパの虚像に心酔しちゃってるみたいだから。
宇宙開発って、必ず裏の顔があるものよ」
ロバーツ「……アルパもそうだって言うのか?」
ケイト「わからないけど、これでも心配してるんだよ」
ロバーツ「……」


●シーン21地球周回軌道上・高度約2万5000km弱→静止軌道・アコルデ内
バチュータからパージされ、さらに静止軌道付近まで遷移するアコルデ11。
ロバーツ「だいぶかかったけど、あともうちょっとだよ」
ケイト「確かに便利ね」
すると通信が入る。
通信の声『アコルデ11、こちらアムピオン管制課』
ロバーツ「こちらアコルデ11、空間業務課のロバーツです」
通信『アコルデ11(以下、復唱省略します)、風が来るのが初期の予想より少し早いらしい。
こちらに帰投前に見舞われるかもしれない』
ロバーツ「そうですか。機器類が心配ですね」
通信『ドリフトやめて今すぐリングにアプローチしてくれ。あとはこちらで対処して、誘導するから』
ロバーツ「対処?」
釈然としないが、とりあえず任せるロバーツ。
ドリフト軌道の要素を変更し、静止軌道リングに最短でアプローチできるコースに変更する。
しばらくしてリングに接近するが、くぐもった音が船内に響き、窓もカメラ映像も真っ暗になる。
レーダーも無反応。電波による通信も不可能になる。
ロバーツ「うん?」
ケイト「どうしたの?」
ロバーツ「フレアの影響で風がもう来たのかな? いやでも……」
インパネの量子通信機が反応する。
ロバーツ「あ……」
通信機を外して文字を読むロバーツ。
ロバーツ『"弓士" に要請……機体を保護……?』
ケイト「?」
ロバーツ(M)『……"アルコ" か!?』
外観。真っ黒な筒状の何かで包まれているアコルデの機体。内部の窓からはほとんど外が見えなくなっている。
しばらく後、静止軌道リングに近づき、やがてリングに接続。あとはモノレールのように移動を始める。
さらにその後、ゆっくりとトンネルのような場所に入る。窓の視界の隙間から外を見るロバーツ。
ロバーツ(M)『……ここがアルコの中……?』
狭い視界から施設内部の様子をうかがおうとするロバーツ。
明かりがほとんどなく、かなり暗いが少しだけ見える。
ケイトは口出しはしないようにして、おとなしくその様子を見ている。
ロバーツ(M)『ここは、アムピオンと似たような軌道局かな……? ……静止軌道リングが片方だけ見える。
…………南北で非対称の構造……ひょっとして、リングからパージできるのかな?』
やがて、駅を通り過ぎるように施設を通過。
係留コンテナをフレアから守るためにリング沿いに展開されている "傘" に接近。
傘の下に隠れる距離までアムピオンに接近すると、アコルデの機体を包んでいた何かは外れ、
リング沿いに後方へ動き去っていく。
窓の視界が確保され、機体の向きの具合でちょうど後方が見える。その窓をのぞき込み、
じーっと目をこらすロバーツ。軌道エレベータ−・アルコらしき影が小さく、ぼんやりと見える。
ロバーツ(M)『……あれがアルコ……本当にあったのか』
やがて背景の宇宙に溶け込んで、何も見えなくなる
ロバーツ(M)『さっきのはアルコが放出した装備か……テロ対策の基地だとか聞いたけど、違うのか?』
ケイト「ねえ、何かあったの?」
ロバーツ「あ、いや、風が予想より早く来たけど、大丈夫みたいだ」
ロバーツ(M)『裏の顔か……』


●シーン22アムピオン内
アムピオンに入るロバーツとケイト。コマンダーのケネス・マッケイらに挨拶したりする。アムピオンの内部に興味津々のケイト。
ジョシュとも出くわし、ケイトを紹介したり、冷やかされたりなど数カット。 ミーティングルームに向かおうとすると、ベルナール総裁と出くわす。そばにはお供のあおい。
硬直するロバーツ。? のケイト。
ロバーツ(M)『おわ、総裁が来てたんだった!』
ベルナール「おお、救助ミッションだったそうだね、ご苦労だった。こちらのお嬢さんが要救助者か」
ロバーツ「は、はい」
ケイト「(ヒソヒソ声で)誰?」
ロバーツ「(同)ARPA社の総裁……」
ケイト「( ゚д゚)」
かしこまるケイト。ベルナールに挨拶したり、握手を交わしたり。
そこへ、アナウンスがかかる。
アナウンス『間もなく、ミーティングルーム用ブロックで、総裁から訓示を行う。手が外せない者以外は集合』
ケイト「あ、じゃあ私は居室ブロックで……」
ベルナール「いやいや、せっかくだからぜひあなたも来てください。
きょう話そうと思っていることを聞いてもらえるのはいい機会だ。HAHAHA!」
恐縮して断ろうとするが、半ば強引にミーティングルームへ。
ミーティングルームにて。その時アムピオンにいる中で、手のあいている職員が集合している。 ゆっくりと話をするベルナール。
ベルナール「君ら職員の、日頃の働きに、ここで、改めて感謝したい。
軌道エレベーター・アルパができて3年になる。
まだまだ未知の領域の多い宇宙での仕事や、テロなど犯罪の対象になる危険……何よりも、人々の無理解」
ブロック内で、静かに漂いながら話に耳を傾けるあおいやジョシュ、ラフマン、マッケイなど職員らとケイト。
ベルナール「職責によっては、危険な業務を担ったり、衆目の敵意や反感を真正面から受けたりせねばならない者もいるだろう。
実験台のような扱いを受けていることに、不満を覚えている者もいると聞く。
また、軌道エレベーターの存在は、多岐にわたる業界に変化をもたらし、多くの人の立場や職を奪った。
かつて石油へのエネルギー転換が起きた時、石炭産業が痛手を受けたように。
我々を憎む人々も、決して少なくないだろう」
少し居心地が悪く、困り顔のケイト。
ベルナール「だが、それは決して理不尽なものではない。なぜなら君らは、
軌道エレベーターの運営という、誰もたどったことのない道を進んでいるからだ。
他者に理解されない孤独な苦闘は、未踏の領域に踏み出した、最前線にいる者の宿命なのだ。
私たちが置き去りにしてしまうかも知れない人々、遺産となってゆく歴史に対し、
我々ができること……道を阻む障害を乗り越えていく術は、"それでも進むこと" 以外にない」
総裁に注意をひかれていくケイト。
ベルナール「先人への敬意と感謝を忘れてはならない。
彼らに胸を張って顔向けできるだけのことを成せるまで、進み続けてもらいたい。
アルパはこれから、新たな、より大きな、困難な役割を果たしていくことになる。
君ら現場の職員には一層の苦労をかけることだろう。しかしどうか、諦観にとらわれず職務を果たしてほしい。
私は、地上にいることが多いが、常に、君らのことを忘れず見上げている。
誇りを持ち、私たち自身が選択した責任を、毅然と果たしていこう」
静かに拍手が起き、ロバーツが傍らを見ると、ケイトもささやかに拍手を送っている。


●シーン23アムピオン内・その後
色々回って、その後上向きのキューポラのブロックにて。ロバーツとケイト2人だけ。
キューポラからの眺めをうっとりと見ているケイト。
ロバーツ「今でこそ、このアムピオンもだいぶ広くなったけど、建造初期は手狭だったらしいよ。
その頃の運用手順は、ISSを参考にしてたんだって」
ケイト「……そうなの」
ロバーツ「いわば、アムピオンはISSの子孫みたいなものだよ。ちゃんと思想は生きてる」
ケイト「……」
小型の双眼鏡のようなもの(第1章でジョシュが使ってたものと同じ)をケイトに渡すロバーツ。
ロバーツ「このグラスで、"クエルダ" 沿いにずっと上の方を拡大して見てみろよ」
ケイト「?」
ごちゃごちゃ触手のようなものが付いた、小さな基地らしきものが見える。
ロバーツ「カタパルトが見えるだろ? "オーティアス" っていう移動式の高軌道スリングシステム。
今のところ無人機だけだけど、いずれ有人宇宙船も、ここから打ち出すことになる。
そうすれば、かつて机上の空論だった外宇宙の開発プランが可能になる。有人活動の範囲は広がるよ。
その時、有人ロケットの技術は再び発展する時代が来ると思うよ」
少し表情が明るくなるケイト。
ケイト「……そうか……そうかもね」
ロバーツ「これ」
ケイト「?」
ロバーツ「アルパのクエルダに絡みついてたんだよ。偶然に偶然が重なって、そのまま上に運ばれてきて、
軌道局でEVA中にたまたま見つけて取ったんだ。君ならわかるだろ?」
白い布切れのようなものにアルファベットが書かれている。
ケイト「"Canada"……これ、ISSのカナダアームの被覆部分に貼られてたやつじゃない?」
ロバーツ「あげるよ」
ケイト「え……いいの?」
ロバーツ「どうだ、軌道エレベーターはすごいだろう?」
ケイト「やっぱあんた暑苦しいわ。あんたがすごいわけじゃないでしょ」
ロバーツ「まあな(笑)」
ケイト「でも、助けに来てくれた時は、カッコ良かったよ」
照れ笑いするロバーツ。
ケイト「ありがとう」
アムピオンの俯瞰。


第5章 了

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