第6章

トップへ戻る (M)=モノローグ(心の中で思っていることか独り言)
●シーン01モルディブ共和国・ガン島特別行政区・ヒサッドホー
いかにも南国のリゾートという感じの、海沿いのコテージ。
遠い沖合に軌道エレベーター "アルパ" が見える。快晴で海が奇麗。
コテージ前にあるビーチで、水着姿で寝そべって甲羅干しをしている女3人。
ARPA社広報広聴課員のニーナ・クレール・ベルモと、同僚AB。
(モルディブは常夏の観光地なので、軌道エレベーターが出来た後もこういう場所がたくさんあります)
同僚A「ああ、気分いいねえ。環境保護団体が珊瑚礁の埋め立てに反対したっていうけど、
出来てみると、ビーチから見る軌道エレベーターの景色もなかなかオツだよね」
同僚B「夕暮れ時なんかすごい奇麗なんだって」
ニーナ「これで男がいればなあ……」
同僚B「こんなトロピカルムード満点の所にいるのに、出会いないよね」
同僚A「窓口やアテンダントだったらもっとチャンスあるんじゃない?」
ニーナ「そうそう、私さー、今度アテンダントの手伝いで、
アムピオンまで往復することになったんだあ」
同僚A「ニーナってOA(オービタル・アテンダント)希望だったの?」
ニーナ「ううん。私は希望してないけど、一応みんな適性見られたじゃん?
その結果で、私は予備軍みたいな扱いになってる感じ」
同僚B「希望してないんだ?」
ニーナ「私はグランドでいい。宇宙線で建康とか出産とか悪影響ないかなんて不安になっちゃうしね。
だいたい、フランス人なんだからパリ本社勤務希望だったのに。
成層圏プラットフォームの勤務だって、ほどほどにしたいよ」
同僚A「ふーん……手伝いって、ひょっとしてヒロセ女史の?」
ニーナ「そう。大口スポンサーだかお得意さんだかの奥さんたちが、
特別待遇の専用便でリフトするから、手厚くお世話するってことで、彼女の補佐でね」
同僚B「そうなんだ」
ニーナ「私さぁ、あの人ちょっと苦手なんだよね」
ゴロゴロ転がったり、焼き面を変えたりして話を続ける3人。
同僚A「苦手って?」
ニーナ「何考えてるのかわからなくて、ちょっと怖いっていうか」
同僚B「そうかな? 彼女、颯爽としててカッコいいじゃない。
さすがはOA第1号っていうか」
同僚A「なんかすごい有能らしいよ。全然ミスしないって」
ニーナ「それはそうだけど、とっつきにくいっていうか……あの人、友達いるのかなあ?」
同僚B「確かに、社内報でも簡単な紹介だけで、ほとんど経歴も載ってなかったし、正体不明だね」
ニーナ「なんか謎が多くて……あ、技術開発課のイイモリ博士(飯森小夜子)とは仲いいみたい」
同僚B「日本人同士だしね」
ニーナ「彼女は才色兼備で、何事にもそつがなくて頼りになる人で、
最初のOAに確かにふさわしいと思うんだけど……」
同僚A「だけど?」
少し考えて、声を落として話すニーナ。
ニーナ「こないだね、下見と打ち合わせでアムピオンまで行ったんだけど……」


●シーン02アルパ静止軌道局 "アムピオン"・ニーナの回想
少し戸惑い気味のニーナ。管制課か保安課で広瀬あおいに引き合わされる。
ニーナ「よろしくお願いします」
あおい「こちらこそ、お手伝いしてくださるということで、助かります。
とりあえず、アムピオンを案内しますね」
1章であおいがジョシュに案内されたように、漂って行脚する2人。
そこへ飯森小夜子が話しかけてくる。
小夜子「広瀬ちゃーーん!」
あおい「あ、小夜子さん」
小夜子「これ、できたよ! 新しいヘアピンとリング」
あおい「わあ、ありがとうございます」
ケースの中に、端っこが輪っかになっていて指が通せる鋭いヘアピンが何本か並んでいる。
(1章であおいが手作りしたものを、綺麗に商品化したような感じのもの)
そのほかに手袋も入っている。
小夜子「アムピオンの無重量ラボで生成した、超硬質アモルファス合金製! モース硬度8か9といったところかな。
うまく狙えば、ホイップルバンパーくらい、女の腕力でも余裕で貫通すると思うよ」
はたで見ていてドン引きするニーナ。
ニーナ(M)『うまく狙うって……何を?』
小夜子「それでねー、テコの部分は軟質の金属を使ってて、グリップ力も充分あるんだ」
あおい「見た目もオシャレで可愛いですね」
小夜子「仕掛けもバッチリ。広瀬ちゃんならこれを使えばどんな相手もイチコロで必殺だよ!
あとこれもね、極薄の手袋。気密を保ちつつ極力素肌感覚に近づけてみた」
ニーナ(M)『これ……本当にファッションの会話?』
あおい「無理を言ってすみませんでした。でも、さすがは小夜子さんですね」
小夜子「任せてくれたまえ。くれぐれも取り扱い注意だからね。
罪なき無垢な男どもを殺さ……いや悩殺しないようにね」
あおい「はい。わかってます。ありがとうございました。このお返しはいずれ、精神的に」
小夜子「物質的に頼むよゴトーさん。じゃーねー!」
浮遊して離れていく小夜子。
あおい「(ニーナの方を向き)お待たせしてすみませんでした。さ、行きましょう」
ニーナ「……」
ニーナの声
がかぶる
『そのしばらく後、休憩時間に女子の居室に入っていったら……』
何かの用事を終えて、女性用の臨時居室ブロックに入っていくニーナ。
ニーナ『……』
間。
同僚Bの声『何? 言いかけてやめないでよ』
ニーナの声『彼女、くるくる踊ってたんだ』
同僚2人の声『は?』
側転みたいなことをして踊っているように見えるあおい。びっくりするニーナ。
ニーナ「な……何してるんですか?」
あおい「(少しばつが悪そうな、照れくさそうな態度で)あ、あー、
無重量ダンスとか考案しようと思ってー、うふふふ」
ニーナ「……」


●シーン03再びビーチ・現在
ニーナ「こう……こんな感じで全身を横向きに回転させたり、壁に手をついて跳ねたり……」
ポーズをとって当時のあおいの真似をするニーナ。
同僚A「ガン=カタじゃね?」
同僚B「そういえば彼女、無重量状態で泳ぎ回るみたいにスイスイ動けるんだって。
それで付いたあだ名が "シレナ"」
ニーナ「シレナ?」
同僚B「『人魚』っていう意味らしいよ。それで踊りも得意なのかも」
同僚A「いやいや、それ神話のセイレンとひっかけてて、
"ゼロ・グラビティの魔女"って呼ばれてるとも聞いたけど」
同僚B「どっちでもいいけど、休憩時間でしょ、踊っちゃ悪いの?」
ニーナ「まあそれで、その時見えちゃったんだ」
同僚B「何を?」
ニーナ「彼女タンクトップ着てて腕が丸出しだったんだけど、
何か所もうっすらと切り傷みたいなのが……」
同僚A「え……まさかリストカット?」
ニーナ「さあ……目をそらしたからそれ以上はじっくり見なかったけど」
同僚B「宇宙で自殺したら歴史に残るねー」
ニーナ「茶化さないでよ、何か変だよあの人!」
同僚A「そうは言っても、ちゃんと仕事はしてたんでしょう?」
ニーナ「それは完璧……職場の覚えもめでたく……」
同僚B「じゃあ別にいいじゃない」
ニーナ「……彼女が来たばかりの頃、アムピオンに衛星が衝突しそうになる事件があったんだって」
同僚A「ああ、それ聞いたことあるけど……え、まさか彼女の仕業だとでも?」
ニーナ「自殺志願でみんなと心中しようとしたとか……」
同僚A「んなアホな。だって無事だったんでしょ?」
ニーナ「彼女が来てから、なんか社内の空気が変わった感じがしない? 本人はいたって平常なんだけど」
同僚A「そういえば私も、彼女がテロリストを半殺しにしたとかいう噂、聞いたよ」
ニーナ「こないだ辞めたバレットさんがいれば、今回の補佐も私がやらなくて良かったかも知れないけどなあ……」
同僚B「バレットさんも、ヒロセさんにシメられて辞めたって噂もあるよね」
同僚A「やっぱやばい人かも……」
ニーナ「あーあ、今度のリフトのこと思い出して、なんか気が重くなっちゃった」
同僚A「まあそう言わずに、これを機に、うち解けるよう努力してみたら?」
考え込み、思考転換に務めるニーナ。
ニーナ「……そうだね、どんな人かは自分の目で見極めないと……やってみるわ」


(T)サブタイトル『インターメッツォ』


●シーン04アルパ地上局 "オルフェ"
職員用エリアの、コルチェアの乗り場に近い作業スペースにて。
入室してくるニーナ。すでにいたあおいに挨拶する。
ニーナ「ミズ・ヒロセ、おはようございます」
あおい「おはようございます、ミズ・ベルモ」
ニーナ「例のお客様、地上から直接のリフトなんですよね?」
あおい「ええ。1番クエルダを占有することになります。
丁度、現地時間のきょう、パリ本社の方で年次総会があるんだそうです。
何かあったら出資者の方々のご機嫌にも響くから、
くれぐれも失礼の無いようにと、渉外部直々のお達しだそうです」
ニーナ「そうなんですか」
あおい「じゃあ、先日打ち合わせした通り、きょうはよろしくお願いしますね。
万が一の時のEVAなど、OAしかやってはいけないことは私が責任を持ちますから、
あまり気負わず接客してください」
ニーナ「こちらこそ。あの、私のことは、ニーナと呼んでください」
あおい「でも、社内ではあなたの方が先輩ですし……」
ニーナ「アテンダントとしてはヒロセさんが先輩で、歳も上です。
私は今回、部下のようなものですから」
あおい「そうですか……私のことも、あおいでいいですよ」
あおいの後をついて行きながら、まとめた髪をみつめるニーナ。
ニーナ(M)『あのヘアピン付けてるし…… (゚_゚;)』
更衣室で着替えたり、コルチェア内に入っていって、出迎え準備をしたりする2人。
ニーナ「どうして私がアオイさんの補佐につくことになったんですか?」
あおい「オービタル・スペシャリスト認定が厳しすぎるのか、OA希望者で受かる人がなかなか出てこないので、
あくまで人手不足への臨時措置だとは思います……今回のお客様、ニーナさんと同じフランスの方ですし。
貸出用のタイトスーツのサイズも合うそうですから、緊急のヘルプになったんじゃないでしょうか。
あとニーナさんは "無重量に強い" 方らしいですね」
ニーナ「強い?」
あおい「ほかの職員に比べてSASを起こしにくいと聞きました。
このあいだアムピオンにいらした時も、慣れるのが早かったように見えましたよ」
ニーナ「へーそうなんですかあ。自分でも知らなかったー。なんかお酒に強いとか言うのと変わんない感じ」
あおい「あと、人事の方によると、手首や足首が発達してるらしいですよ」
ニーナ「手首と足首?」
あおい「無重量で動き回るには、手首や足首の力が強い方が有利なんです」
ニーナ「それは、女子としては喜んでいいかどうか…… (´・ω・`;)」
あおい「そうですね(笑)」
急に話題を変え、おそるおそる尋ねるニーナ。
ニーナ「あのー、アオイさんってエクスペンダブルズにいたってホントですかー?」
珍しくコケそうになるあおい。
あおい「誰がそんなデタラメを (`Д´)」
ニーナ「色々噂になってるっていうか……アフガン帰りだとかデルタフォース出身だとか」
あおい「そんなわけないでしょう。私日本人ですよ、そういう経験なんてありません(−○−)」
ニーナ「ですよね。あはは」
あおい「そうですよ、ふふふ」
ニーナ「……でも宇宙C.Q.C.の使い手ですよね? (・∀・)」
あおい「使えません。宇宙C.Q.C.も次元覇王流も使えません!」


●シーン05オルフェ・コルチェアの発着場
積載する荷物を確認しているあおいとニーナ。
ニーナ「七面鳥の肉とか白身魚とか……色々食材を積み込むんですね。
検疫も大変だったでしょうに……カツオブシって何かしら?」
あおい「モルディブ・フィッシュの日本版みたいなものです。スープなどの材料に使うんですけど、
ニーナさんのお国でいう、フォン・ド・ヴォーの仔牛肉みたいなものというか……」
ニーナ「私たちに料理でもさせるんでしょうか?」
あおい「一応、ご希望のものは可能な限り積むことになってますが、
調理師も搭乗しませんし、お食事は高級の機内食のレーションでいいはずです」
ニーナ「しかし、食品用冷蔵庫を常備したってのは、宇宙開発の革命ですよね」
あおい「そうとも言い切れないみたいですよ」
ニーナ「?」
あおい「高密度蓄熱物質の開発のお陰で、クエルダの熱分散効率も上がって、コルチェアにも冷蔵庫が詰める余裕もできましたけど、
要するに、そのまま載せられる食材が増えてきた反面、宇宙食の保存加工技術が停滞しちゃったらしいです」
ニーナ「ははあ」
あおい「アムピオンの人たちも喜んでるんですけど、痛し痒しなんですね」
あおいの話に関心を示しつつ、目の前の仕事に注意を戻すニーナ。
ニーナ「えーと、ほかには着替えとお酒……え、マイク?」
準備を整えて、出迎える2人。
そこへ、猫を抱いて、しなをつくりながら歩く50代くらいの女性。黒と紫の派手な衣装を着込み、ふとましい体格。
そして取り巻きの、同年代の婦人2人。
あおい「グワノタ様とお連れ様の○○様、××様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。
今回、ご一緒させていただきます、ARPA社オービタル・アテンダントのアオイ・ヒロセです」
ニーナ「ニーナ・クレール・ベルモです」
よろしくお願いいたします、などとお辞儀する2人。
グワノタ夫人「きょうはよろしくね〜」
○○夫人「(佇立したエレベーターやコルチェアを見上げて)
あら、これが専用のエレベーターなの? すごいわねー」
取り巻き婦人らも悪意はなさそうだが態度がデカい。
あおい「ご搭乗前に、お手数ですがメディカルチェックなどをお受けください」
グワノタ夫人「まあそうなの? 」
あおい「あの……その猫ちゃんもお連れになるのですか?」
グワノタ夫人「今回はね、このジュアッグちゃん(ラグドール、3歳♂ かなりデブ)
に無重力を体験させてあげたくてねえ」
あおいとニーナ「ええっ、猫に無重量体験!? (゚Д゚)」
ニーナ(M)『虐待だろーがそれ!』
ニーナ「(ヒソヒソ声で)アオイさん、それじゃアムピオンまで行かなくったって……」
あおい「事前には聞いてなかったんですが、ご希望なら仕方ない……ですかね」
あおい「(夫人に向き直り)失礼いたしました。それでは、
猫ちゃんも検査を受けていただいてよろしいでしょうか?」
グワノタ夫人「しょうがないわねえ……」
ニーナ「それでは、ゾゴックちゃんはいったんお預かりいたします」
グワノタ夫人「ジュアッグよ」
ニーナ「そうでした (・ω<) テヘペロ」
あおい「どうぞあちらへ」
衛生検査に夫人たちを送り出す。猫を抱えたまま残されるあおいとニーナ。
ニーナ「猫の検疫体制なんて、整ってましたっけ?
どうしましょう、アムピオンで粗相でもされたら……」
あおい「う〜ん。なんとかしないと (-_-;)」
ニーナ(M)『この人でも困ることあるんだな……』
あおいに少し親近感を持ち始めるニーナ。
ニーナ「それにしても、すごいファッションセンスですね、まるでMS-09みたいな……」
あおい「そんなこと言っちゃだめですよ」
といいつつ、いつになく調子が狂って動揺しきりなあおい。
なんとか手配して、別室で、猫の検査をさせる。
検疫の医師「今回は空港の方から薬品とか借りてきたけど、成層圏プラットフォームじゃこうはいかないよ。
準備があるからこういうことは早く言ってね」
あおい「すみませんすみません」
平謝りのあおい。


●シーン06日本・真都羽通信東京本社
社内の廊下を歩いている記者の沖永淳。同期の科学部記者との会話がかぶる。
科学部記者『アルパの軍事利用?』
沖永『……これこれこういうわけで、誇大妄想だとしても、一応ツブしておかないと気持ち悪くてね。
百万歩譲ってその人の言うことが本当だとして、ARPA社の正面玄関を叩いても何も出てくるわけないから、
科学部の記者の視点から、何か探ってみる方法はないかなあ? もう出張は無理だから、できれば日本の人で』
科学部記者『うーん。アルパはそれ自体が巨大な衛星だから、アルパを観測した詳細な記録でもあればいいが、
そういう天体観測の行為自体が、アルパの天測機器に依存するようになっちゃったんだよね』
沖永『そういう意味でも、アルパはまっとうに仕事してるように思えるんだが』
科学部記者『宇宙開発分野はアルパさまさまなんだけどね……あ』
沖永『何?』
科学部記者『ちょっと変わった学者さんで、やっぱりアルパがおかしいって言ってる日本人がいる』
沖永『どんな人?』
科学部記者『在野のアマチュア研究家で、好きなのか嫌いなのかわからないが、
アルパに執着してて研究してるらしい』
沖永『それでもいいわ。紹介してくれないか?』
科学部記者『いやでもさあ、アルパの都市伝説なんて珍しくないよ。
アポロは月に行ってないだとか、911テロが自作自演だとかいう陰謀論と変わらないと思う。
お前、どのくらい信じてるの?』
沖永『いや、まるで。でも、この前会った学者先生は社会的な信用のある人だし、
話の内容に情熱というか、誠実さは感じたけどね』
科学部記者『その人物は博士って呼ばれてるが博士号は持ってないらしいし、
学界からはトンデモ扱いされて、相手にされてないけどね』
歩きながらつぶやく沖永。
沖永「陰謀論者の次はトンデモ学者か……」
社内の取材応対室へ入る沖永。取材相手の、例のトンデモ博士を見つけて一礼。
想像と違い、以外とこざっぱりした清潔感のある風貌にちょっと意外な感じを受ける沖永。
沖永「お待たせしました、沖永です。わざわざ会社までお越しくださり、ありがとうございます」
博士「いやあ、東京はゴミゴミしててつらいですね」
沖永「早速ですが、博士はアルパについて何をご存じなのでしょうか?」
博士「ま私ゃドクターじゃなくて修士止まりなんだがね……(色々タブレットにデータを出したり、書類を広げたり)
さて、ARPA社は放射性廃棄物の投棄スケジュールをネットや広報で公表してる。情報公開してますよってポーズだ」
沖永「はい……何でもわざと公表してるんだそうですね」
博士「らしいね。廃棄物を狙ったテロを防ぐために、あえて大っぴらにやってて、
手出ししてきたら条約軍が袋叩きにするという狙いもあるとか」
沖永「力の誇示とあぶり出しにも使ってるってことですか」
博士「そう。で、そのスケジュールなんだが、矛盾があるんだよ。時計の狂い方が計算に合わないんだ」
沖永「時計の狂い方?」
博士「つまりな、アルパから放射性廃棄物を捨てる度に、地球の自転が遅くなっていくんだ。
それで私たちの時計がズレる。GMTとUTCのズレだよ。
もちろん、ゴミだけじゃなくて探査機とかを放り出す時も遅くなるんだが、
それは公開されてるスケジュールで区別できる」
沖永「ええ、そうなんですか? それで地球は大丈夫なんですか?」
博士「問題ないよ。もともと月の引き起こす潮汐で、地球の自転は少しずつ遅くなっていってるんだ。
現代は人間の大規模な経済活動でもズレる。特にアルパができて地球の回転半径が大きくなったから、
それまでに比べて恒常的に自転が遅くなったよ。
もちろん1日のズレは人間に認識できるレベルじゃないし、日常生活に支障をきたすもんじゃない」
沖永「そうなんですか」
博士「"うるう秒" って聞いたことあるだろう? 何年かにいっぺん、秒を足すんだが、
それは、こういう理由で自転が遅くなった分の誤差が蓄積して1秒に迫る度に修正してるんだ」
沖永「ははあ」
博士「それ自体は問題はない。ただ、近年の時計の精度向上で、1日単位でより精密に誤差が測れるようになった。
アルパが高軌道スリングを使う程度の行為で生じる誤差までね。
そのお陰でわかるんだが、廃棄物投棄の周期と、それで生じるはずの時計の誤差の間に開きがあるってことだ。
3回に1回くらいの割合で、誤差がほとんどまったく生じないんだ」
沖永「(´・∀・`)ヘー そこまでわかるんですか」
博士「我が国のおおたかどや山の最新の標準電波と比べたんだ。最近設備が新しくなって、
数億分の1秒単位までカウントできて、これまた数百億年に1秒の誤差とかいう正確な時計を3台使ってる。
1秒狂う頃には、宇宙が消滅してるわなあ(笑)」
沖永「はあ…?」
博士「とにかく時間が非常に正確にわかる。
ところで、アルパは軌道局やオービタルリングからの天体観測の結果も公表や販売していて、
その一つに南中の周期があるんだ。非常に正確で、これでも1日の正確な時間がわかる。
ちなみに軌道エレベーターは高度に応じて相対論効果で地上の時計とズレるが、
それはちゃんと補正してあるから」
沖永「素人の私にもわかるように話してもらえませんか (´・ω・`)」
博士「ここまで話してもピンと来ないとは、張り合いがないなあ。
つまり、廃棄物投棄による自転の遅れは、南中の周期や精密時計とのズレからわかる。
ところが一定のパターンで、このズレがほとんどなくなるんだ」
沖永「それで、えー、何がどう矛盾してるのか、結論を教えていただけませんか?」
博士「アルパが公表している、放射性廃棄物の投棄スケジュールだが、
実行していない時があるんじゃないかと思うんだ。あるいは捨ててる荷物の中身がカラか」
沖永「えーと、つまりスケジュール通りなら、もっと時計が遅くなってなきゃいけないということですか?」
博士「そう」
沖永「それこそ、最初に仰ったように、ほかの要因の影響じゃないですか?」
博士「その可能性も捨てきれんよ。だがな、私がウォッチしてきたこの1年以上、それがパターン化してる」
グラフを見せて、曲線を指で追う博士。曲線で見ると本来の予想線との違いはわかる。別のグラフを出す。
博士「さらに、これを見てくれ」
博士「コルチェアというエレベーターの乗り物あるな? あれ、上昇すると、
自転周期の曲線が変化するんだ。質量が回転半径の外側に移動するせいだ」
沖永「?」
博士「とにかく、廃棄物を積んだコルチェアが上昇する時には、曲線がこういうカーブになる。
ところが、さっき言ったペースで重さが若干軽くなる。
さらに、途中までカーブは似ているのに、廃棄物輸送便が静止軌道を過ぎるくらいの頃合いに、
ほとんどカーブに変化がなくなる。断っておくが、公表されてるスケジュールでは、
その便は核廃棄物便に間違いないし、核廃棄物と一緒に通常の荷物は運ばないとARPAは宣伝してる」
うなずく沖永。
博士「そしてこれは、別のデータでも証明できる。"クエルダ" の伸び率だ。コルチェアがクエルダに懸架されたり、
動いたりすると、クエルダがビヨーンて伸びてしまう。
アルパにはそれを吸収する機構が備わっているし、常にクエルダを引っ張り上げているが、力は安定している。
でその伸び率も馬鹿正直に、研究向けに公表してる。この伸び縮みの周期や率が、さっきのパターンと合致するんだよ。
本当の廃棄物便は末端まで直行するのに、静止軌道付近で制動をかけて停車するせいだ。その後の伸び率が明らかに異なる」
沖永「何度もすみませんが、それがどういうことを意味するんでしょうか?」
博士「静止軌道で、廃棄物と称する積み荷を降ろしてるってことさ」
沖永「……!」
目を合わせる2人。愉快そうで自信ありげな笑顔になる博士。
博士「やっとわかったか。これがランダムなことなら、アルパ以外の原因だと私も思うよ。
しかし長いことパターン化してる。偶然じゃない。
ただ、間接証拠からの臆測に過ぎんからねえ。君にそれを証明してもらえたら嬉しいんだが」
ちんぷんかんぷんだったが、話を理解できて、真剣な表情になる沖永。
沖永「……失礼ながら、決定打には欠けますが、非常に興味深いです。
理由はなんであれ、その原因は探ってみたいですね」
博士「君は珍しく話を聞いてくれたから、私もまんざらじゃなかった。
みんな私がアルパにケチを付けたがっているように思っているが、好奇心なんだよ。
真相がわかるなら、私の計算違いだったって構わない。取材の展開を楽しみにしてるよ」
笑顔で沖永と握手する博士。
沖永「貴重なお話、ありがとうございました」


●シーン07アルパ・上昇する昇降機 "コルチェア" 内
かしましく喋り、上昇中の外の景色にはあまり関心がない3夫人。
ふと思い出したように、あおいたちを呼びつけて話しかける。
グワノタ夫人「そろそろ、ジュアッグちゃんにご飯あげてもらえるかしら?」
あおい「キャットフードですが……検疫の関係で、
○×社のカリカリを急遽ご用意いたしましたが、よろしいでしょうか?」
グワノタ夫人「そんな貧乏くさいもの食べさせられますか。材料頼んでおいたでしょ?」
ニーナ「あ、あれ猫用……?」
グワノタ夫人「調理はできるの?」
あおい「確かに簡単な調理もできますが……」
グワノタ夫人「じゃあ、持ってきた材料でつくってくれるかしら?」
バックヤードで、ボウルに材料を入れてかき回すなどしているあおい。
手伝うニーナ。だんだん重力が減少してきているので、ボウルを抑える手が少しおぼつかなかったり。
ニーナ「まさか宇宙でキャットフード作るはめになるとは……人間よりいいもの食べてますね、あの猫」
あおい「ま、まあ、無重量下での哺乳類の生態データはあまりないですから、有意義かも……」
ニーナ「それ、自分に言い聞かせてませんか?」
あおい「……はい (-_-;)」
客室にて。猫の食事を持って行って声を上げるニーナ。
ニーナ「あー!」
あおい「どうしました?」
ニーナ「猫が床におしっこしちゃいました」
あおい「……わかりました」
猫の糞尿の後始末をするあおい。
ニーナ「あ、よかったら私やりますよ、アオイさん」
あおい「応援で来てくれた方にこんなことさせられますか……
私がやります (-_-;) ニーナさんは消毒と消臭を」
客室の隅っこで、ポツンと体育座りのようにして、猫のトイレの片付けをしているあおい。
丸まった背中を見て、不憫に思えてくるニーナ。
ニーナ(M)『意外と苦労してるんだなあ』
その他いろいろコキ使われる2人。数時間後、何かの記憶媒体を渡す夫人。
グワノタ夫人「あなた、機内にこれかけてくださる?」
あおい「なんでございましょう?」
グワノタ夫人「私の歌」
あおい「は?」
グワノタ夫人「かけてみてくださいな」
バックヤードに引っ込み、オーディオ機器にデータを移して、機内でかけるあおい。
歌声『♪ホゲェ〜ああああAAAAアアアアヽ(´Д`)人(´Д`)人(´Д`)人(´Д`)ノオオ
♭ヽ(`д´)ノヽ(д´ )ノヽ(´ )ノヽ( )ノヽ( `д)ノヽ(`д´)ノ くぁwせdrftgyふじこlp 』
耳をつんざく絶叫のような、ジャイアンのリサイタルみたいな歌が機内に響く。
顔をしかめるニーナ。あおいもかなり苦痛の様子。3夫人は平然としている。
コクピットから呼び出しがかかる。 コクピットにて。
機長「ちょっとなんだこれ?」
あおい「あ、あのお客様のご希望で」
副機長「コクピットだけ切ってんのに響いてくるよ」
あおい「申し訳ありません申し訳ありません」
再び客室にて。
グワノタ夫人「せっかくだから生歌聴かせてあげるわ」
あおいとニーナ「いえ結構です! (´Д`)」
グワノタ夫人「そういわずに、マイク持ってきて頂戴。音楽スタート」
あおいとニーナ「……」
歌声『♪ああああAAAAアアアアヽ(´Д`)人(´Д`)人(´Д`)人(´Д`)ノオオ
♭ヽ(`д´)ノヽ(д´ )ノヽ(´ )ノヽ( )ノヽ( `д)ノヽ(`д´)ノ くぁwせdrftgyふじこlp 』
音源よりはるかに凶器的な生歌を聴かされる2人。取り巻きの夫人2人もマイクを要求。
2人の夫人「私たちにも持ってきて頂戴」
カラオケパーティを始める3人。発狂するような歌が響く。
要求に応じておつまみなどを持って行くあおいとニーナ。
バックヤードにて。ストレス溜まりまくりでぐったりしているあおいとニーナの2人。
ニーナ「アオイさん……ここ、軌道エレベーターですよね。
カラオケボックスじゃないですよね?」
あおい「……はい」
ニーナ「カラオケすんなら宇宙じゃなくてもいいじゃん……」
あおい「お暇なんでしょう……」
ニーナ「アオイさんは、いつもこんなサバトの面倒を見てるんですか?」
あおい「……こんなことは初めてです……でも、3人で勝手に盛り上がってくださる方が楽ですけど」
ニーナ「確かに……」
間。脱力状態のあおいとニーナ。
ニーナ「そうだ、アオイさん、以前、投資家のリン・チミン(林志明)氏が乗っていたって本当ですか?」
あおい「林志明?」
端末を取り出して見せるニーナ。『世界の成金トップ100』みたいな記事。
ニーナ「これ、電子雑誌に出てる人。写真はないけど、台湾の有数の資産家で、
噂じゃ、ARPAのスポンサーの1人らしいですよ」
あおい「乗客名簿でそのお名前は見た記憶はないですが……お忍びだったのかも知れませんね」
ニーナ「バイオメトリクス認証があるのに、今時偽名なんて使えるんですか?」
あおい「その雑誌の林志明様というお名前の方が、本名じゃない可能性もありますし、
我が社のスポンサーなら、色々融通が利くのかも知れませんね」
ニーナ「ああ、そうか」
客室から呼び出しがかかる。
ニーナ「あ、今度はなんでしょうか?」
あおい「……行きましょう」
客室にて。
○○夫人「あ、あなたドンペリ持ってきて頂戴」
あおい「低重力になってきたので、お酒はご遠慮された方が……」
××夫人「大丈夫ですって、あはは」
ニーナの傍らからポロッと端末が落ちる。
さきほどまで見ていた記事が映り、見て反応する夫人。
グワノタ夫人「あら、林さんの記事? 私、会ったことあるわよ」
ニーナ「あ、お知り合いですか奥様?」
グワノタ夫人「林さんもなかなかいい男だけど、秘書の坊やがイケメンでね〜若かったら放っとかないんだけど」
自分の端末か何かで写真を見せる夫人。第2、3章で登場したイケメンの男。林自身は写ってない。
あおいは思い出したらしいが、ほとんど表情に出さず、特に発言もせず。
あおい「……」
ニーナ「わあ、本当にイケメン!」
グワノタ夫人「あなた方お見合いしてみる?」
あおい「い、いえ私たちは……」
ニーナ「ええ、紹介してくださるんですか!?」
あおい「ニーナさん……」
ニーナ「アオイさん、"ゴーコン" ってのやりましょうよ!」
あおい「なんでそんな日本語知ってるんですか……」
ニーナ「だってー、ガン島みたいな南国の離れ小島勤務じゃ、男との出会いなんて!」
グワノタ夫人「お金も持ってるわよ」
ニーナ「イタダキ! はあ〜旅客機のアテンダントだと、有名人と縁ができて結婚なんて話もききますが、
OAもまんざらじゃないですねえ〜」


●シーン08フランス・ARPAパリ本社
大会議場なり講堂のような広い会場。
ARPA社年次総会。フランソワ・ベルナールARPA総裁や役員、幹部職員などが、総代など出資者に色々説明。
社外出席者の多くは社内イントラなりネットなりを通じたオンラインでの出席で、
直接会場に来ているのは主要国の政府関係者が多い。
年次収支報告や次年度事業計画案などを説明したり、質疑応答したりする会社側。
幹部A「――年度収支は以上となります。続いて次年度予算案について」
色々説明しているうちに、出資者側から意見が出てくる。
出席者1「アルパに対し破壊工作が行われたという、まことしやかな噂が出ていますが、本当ですか?」
ベルナール「……仰る通り、今年度中にもテロ未遂事件の発生はありました。
ですがアルパへのテロ活動などは、未遂や単なる脅迫なども含めれば、決して珍しいものではないのです。
犯行の模倣などを防ぐためにも、一般の公表は控えています。
当社といたしましては、公益的活動やPRにより、理解を広めて――」
さらに色々クレームが出てくる。
出席者1「それを、我々ステークホルダーにまで秘密にするのはいかがなものか?」
出席者2「出資各国の国家事業の一端を担っている以上、業務上保秘の部分があるのはやむを得ないのは理解している。
しかしARPA社は秘密主義が過ぎるのではないか」
出席者3「こういう状況では、事業計画も安易に認めていいものか、不安になります。
特に次年度予算案の大幅増額! 建造時でさえ天文学的な費用がかかって、減価償却にはまだ何年もかかるし、
内部留保も少ない今、企業としてこんなに成長を急ぐ必要がどこにあるのか?
ARPA社の独善が非常に気になりますな」
出席者4「軍事利用の噂については?」
出席者5「事業計画案見直しの緊急動議を――」
――などなど、かなり荒れてくる。
幹部B「今回、積極型の大幅増額を行うのは、宇宙機の軌道投入や観測、測位サービスなどの
需要に対応するための設備投資で、別紙をご覧いただければ、○経営年での償却を見込んでおり――」
――などと答えつつ、またクレームが来て応酬したりと、困り顔の総裁や執行部一同。
ベルナール「……」
そこへ、音声のみのオンライン出席者が発言を求める。名前の表示は "林志明"。許可されて話し出す林。
かなりゆっくりとした、間をおきながらの落ち着いた口調で話す。
林志明「お許しを得て発言させていただきます。出席者の方々のご懸念は自然なことだとは思います……
しかしながら、私たちの多くは、アルパの目的や役割に賛同して、
ささやかながらも出資をしたのではないでしょうか……
あえて大げさに言うなら孫子の世代のため、人類社会の存続のためを考えた時、
軌道エレベーターの意義は疑いようもありません……また、純粋に経営の視点で見ても、
収支は健全・順調であり、利益還元に不満はないのではありませんか?」
林は個人出資者の中では人望があるらしく、また語り口には人心を魅了するような引力があり、
クレーマーの中に意見を引っ込める者も出てくる。
「経営側にディスクロージャーは求めていくとしても、基本精神は失ってはならない……
とにかくも、今は経営の足を引っ張るようなことは避けるべきでしょう。
テロの対象となるのであれば、なおさら我々が分裂するようなことがあってはいけない。
我々出資者側に不満や疑問があるなら、ある程度まとめて、追い追い摺り合わせていってはどうでしょうか。
僭越ながら、私がその役をやっても構いません。
アルパの本格運用が始まってまだ3年です。焦ってはいけないのは私たちも同じです。
何にしても、当初は完成さえ危ぶまれたアルパが、大過なく順調に運営できているのは喜ぶべきことです。
我々も今回はそれをもってよしとして、長い目で見守っては如何でしょうか、皆様方?」
――などなど、その場を落ち着かせて収拾する林。
紛糾したものの、結果的に年次収支や事業案はすべて承認され、つつがなく総会は終了する。
幹部A「リン氏に救われましたね」
ベルナール「……形としてはね」
幹部A「形、ですか?」
幹部B「今回クレームをつけてきた出席者の半分以上は、彼のシンパだよ。マッチポンプかも知れん」
ベルナール「したたかな人物だとは聞いていたがね……それなりの勢力を築きつつある。
とりなし役を買って出ることで求心力を高めて、ARPAへの影響力を強めようとしているように見える。
今後、我々の経営に不満を持つスポンサーは、彼の下に集まるだろう」
幹部A「自分自身はあくまで、ARPAの理解者の顔をして、ですか。ですが出資者の多かれ少なかれ不満が出るものだし、
今回は彼のお陰でしのげたのも事実だから、しばらく頭が上がりませんね」
ベルナール「今回、彼はどこからアクセスしてきたんだ?」
幹部B「詳しくはわかりませんが、モルディブにいるらしいですよ」
幹部A「アルパのお膝元か」
ベルナール(M)『あれが "調律師" の林志明か…… "別荘" の持ち主だったはずだな』


●シーン09アムピオン内・保安課ブロック
保安課で1人、端末機器をいじってっているラフマン。保安課員のジョシュ・ライアンの声がかぶる。
ジョシュ『"ムーサ" の基本プログラムの中に、起動や運用にかかわらないブラックボックスのような部分があります。
ひょっとしたら、これが "アルコ" とやりとりしている部分かも知れません。
だとすれば、オービタルリングの有線でつながっていて、
外部には一切開放されていない、スタンドアローンの回線でしょう。
一応、抜け穴はつくってここまでは確認しましたが、そこから先は、僕は潜ったことはありません』
ジョシュが密かにつくったプログラムの抜け穴を使って、
ブラックボックスの入口ともいえるプログラムの画面に達する。キーワードなりコマンドなりを送る。
しばらくして、画面のスクロールなど反応がある。"Arco" の文字のある画面。
(この辺の表現は、とにかくプロテクトを破る一歩手前まで来たという感じであれば何でもいい)
ラフマン「……これか」
珍しく笑みを浮かべるラフマン。


●シーン10コルチェア内
カラオケ大会も終えて、退屈そうな夫人たち。
グワノタ夫人「ねえ、いつになったら無重力の場所につくのかしら?」
あおい「あと半日ほど、お待ちいただけますでしょうか」
○○夫人「あと半日!? そんなに待ってられないわよ」
あおい「これでも特別便でございますから、かなり速い方なんですが……」
グワノタ夫人「あーあー、窓の外のろくに景色も見えないし、
カラオケも飽きたし、退屈ねえ。ジュアッグちゃんも退屈そうだし」
ニーナ(M)『猫もいい迷惑よ。てか寝ろよお前ら。
お陰でこっちも休めないじゃないのよ。イラついてんのはこっちだ!』
取り巻き夫人2人「もう、若い娘は気が利かないんだからー (`・ω・)(・ω・´)ネー 」
ブーブー文句を言いまくる3夫人。挙げ句の果てにまた歌に付き合わされる。
こらえてバックヤードに戻るあおい。
あおい「 (`Д´#) あのリックド……」
ニーナ「え? 今なんて」
あおい「……」
ニーナ(M)『怒りに震えてる……』
ニーナ「アオイさんも、人の子ですね (・∀・)」
意を決して、客室に戻るあおい。
あおい「……あの、実は今すぐ無重量を体験していただくことも可能なんですが」
グワノタ夫人「まあ、できるの? 早く言ってよもう」
あおい「少々お待ちくださいませ」
うなずいてコクピットに向かうおあい。コクピットにて。
あおい「お疲れ様です。機長、これ以上スピードは上げられませんよね?」
機長「電動自力推進とリニアではね。これ以上速くするなら、コルチェアにSRB付けて、 ロケット推進の補助をしないと無理だよ。それは緊急事態以外ではできないから」
あおい「ですよね……それにこれ以上速くしてアムピオンに着いても、
どのみちSASになっちゃうでしょう……どうせそうなるんですから……」
無表情になるあおい。
あおい「……それでは、運航管理をムーサから切り離してマニュアルにしてください」
機長「え?」
ごにょごにょと耳打ち。
機長「……ヤバくね? (・∀・;)」
あおい「ご本人様の希望です。グワノタ様は大口スポンサーの奥様でいらっしゃいます」
機長「いや、でも」
あおい「グワノタ様は大口スポンサーの奥様でいらっしゃいます!!」
気迫に押される機長。
あおい「このままだと、お二人も夫人の生歌を聴かされる羽目になると思いますが? (`Д´#)」
機長とコパイ「……はい」
客室に戻るあおい。
あおい「奥様方、間もなく無重量をご体験できますので」
グワノタ夫人「あらそう?」
あおい「まずは席でベルトをしっかりお締めください。
それから、首もとと頭にこのギアをご着用ください」
夫人たちが座る各座席をリクライニングさせて、ベッドのようにするあおい。
小物を片付け、別の座席にクッションを押し込むなどして小さなカゴのようなものもつくる。
その他色んなデコボコを収納して、そこそこ広い空間が出来上がる。
さらに、3夫人に第2章で使われたギアを取り付ける。
あおい「ニーナさん、ここからは概ねOAの職掌になるので、あなたもベルトを締めてください」
ニーナ「え? ……あ、はい……まさかやるんですか?」
アナウンス『機長より通達。間もなくリフトを中断し、慣性航行に移行します。ご注意ください』
そっとヘアピンを抜き、掌の内側に隠して、憮然とした表情のあおい。ゲロ袋なども用意して、自分は立ったまま。
コルチェアが慣性運航に移行し、各人の髪の毛などがふわっと浮き始める。
やがて頂点に達し、ゆっくり落下しはじめる。反動で猫も漂いはじめる。
グワノタ夫人「?」
だんだん落下が速くなる。ぐるんぐるんと漂う猫。フギャーと鳴く。パニクりはじめる3夫人
○○夫人「ちょっと、これ落ちてるんじゃないの?」
あおい「はい」
××夫人「無重力が体験できるって言ったじゃないの!」
あおい「同じです。自由落下と無重量は等価ですから」
グワノタ夫人「だって落ちてるんでしょう!? 摩擦で燃え尽きるんじゃないの!? あわわわわ」
あおい「摩擦じゃなくて断熱圧縮と空力過熱です」
グワノタ夫人「そういうこと言ってんじゃなくて、ひやあああ」


●シーン11コルチェアの機外
リニアレールの間をぎゅーん!と落ちていくコルチェア。


●シーン12コルチェア内
やがてほぼ完全な無重量状態になり、夫人たちのベルトを外して自由にするあおい。
あおい「どうぞ (^_^)」
途端にぐるぐる回り出して人事不省状態になったりする3人。
あおいは3人がけがしないよう、上手に引っ張ったりベクトルを変えてやったりするが、
それ以上のことはせず放っといて、回転を止めるなどはわざとしてやらない。
だんだん気分が悪くなってきてはきそうになるグワノタ夫人。すかさず袋を顔に持って行ってケアするあおい。
グワノタ夫人「うげー」
ほかの2人もパニックかヘベレケ状態だが、鮮やかにいなすあおい。
見ていて感心しきりのニーナ。
ニーナ(M)『本当に人魚みたい……カッコいいじゃん』
あおいの方にぶらーんと回りながら猫が飛んでいく。
つかまる場所がないので、何かをつかもうと必死で爪を出している猫。
このままだとあおいの顔にしがみついてひっかきそうな勢い。
ニーナが気づいて声を上げる。
ニーナ「あ、アオイさん危ない!」
手首をくるりと回すクィックドロウのようなような仕草をして、
壁か天上にタン、と手をついた後、腕を曲げるあおい。
宙に浮いているあおいの体が、物理的には不可能な方向に急角度で動き、猫を回避。
さらにぐるぐる状態の猫を後ろから抱くように救出して、用意していたクッションの間に入れる。
力学的にありえない、あおいの動きを見て驚くニーナ。
ニーナ(M)『!? 何、今の?』
アナウンス『機長より通達。間もなく制動開始します。ご注意ください』
3夫人を席に戻して安定させるあおい。
やがて少しずつ減速し、ゆっくりと定常運航になっていく。
室内もしっかり着地ができるようになる。
あおい「ご気分はいかがですか、皆様?」
茫然自失状態のグワノタ夫人ら。
あおい「ニーナさん、大丈夫ですか?」
ニーナ「……はい」
無重量には強く酔ってはいないが、『オイオイ』という感じて見ているニーナ。
ニーナ(M)『シレナのあだ名は伊達じゃないみたいね……』
しかしグッタリしている3夫人を見て、
ニーナ(M)『……やることはえげつないけど (-ω-)』
あおい「ジュアッグちゃんも無重量を満喫できたようです……だいぶおびえてるようですが」
その他各夫人のアフターケアをするあおい。
グワノタ夫人「……帰るわ」
あおい「左様ですか、それはお名残惜しゅうございますわあ (^_^)」
ニーナ(M)『……これでゴーコンはパアだわ』


●シーン13地上局オルフェ
来客用の出入り口かどこか。
コルチェアから降りて、検査や手続きを終えて、帰り支度を済ませた夫人ら。元気になっている。
グワノタ夫人「遊園地みたいでスリルがあって面白かったわ」
ほか2夫人「お世話になったわね〜」
ニーナ「え!? (゚Д゚)」
あおい「あ……ありがとうございました」
夫人「また来るわ」
あおいとニーナ「( ̄□ ̄;)」
『今度無重力で○ェット×トリームアタックやってみたいわね』
などと言いながら歩いて行き、お迎えの車に乗って去っていく3夫人。
適当な所まで見送るあおいとニーナ。どっと疲れが出る。
ニーナ(M)『全然懲りてねー……』
はっと思い出してあおいに話しかけるニーナ。
ニーナ「そうだアオイさん、さっきの自由落下の時の動き、どうやったんですか?」
あおい「……おほほほ (^o^)」
答えないあおい。


●シーン14ARPA特区本社内・広報広聴課・後日
通常勤務に戻り、仕事をしているニーナ。上機嫌で上司が話しかけてくる。
上司「こないだはよくやってくれたねえ。大層ご満悦のようで、出資増やしてくれるらしいよ。
総会も無事終わったらしいし、臨時ボーナス出るかもよ」
ニーナ「え、そうなんですか? やった(M『命拾いしたわ……』)」
上司「次来る時も、君とヒロセ君を指名したいとか言ってるらしい」
ニーナ「……」
その後、手を動かしながら同僚2人と話を交わすニーナ。
同僚A「どうだった、シレナの手伝いは?」
ニーナ「彼女のこと、ちょっと誤解してたかなあ。
思ったより親しみやすいというか、結構面白い人だった。
一緒に仕事してみて、ちょっと打ち解けられた感じ。案外0Aもいいかも……」
同僚B「へー、それはよかったね。やっぱり普通の女子だったんだ」
ニーナ「いやでもあの人、やっぱ人間じゃなかったわ」
同僚A「うん?」
ニーナ「彼女、AMBAC使ってた」


第6章 了

トップへ戻る

inserted by FC2 system