第7章

トップへ戻る (M)=モノローグ(心の中で思っていることか独り言)
●シーン01日本・真由都羽通信東京本社
自分の席で執筆か調べものをしている、記者の沖永淳。上司が話しかけてくる。
上司「沖永、以前タレコミのあった、アルパを核攻撃するとかいう件ってその後どうなった?」
沖永「攻撃するんじゃなくて、核武装するって話ですよ、話を集めてはいるんですが、噂や臆測の域を出てないです。
決め手にかけるというか、これじゃARPA本社にもぶつけられる材料がない。これじゃ書けませんね」
上司「それなら、これ以上時間と労力割いてもしょうがないんじゃないか?」
沖永「いやでも、単なる噂や誤解だとしても、基になっている何らかの事情はありそうな感じがするんですよ。
こりゃ経験からわかります。あと一歩踏み込んだ何かがあるといいんですが」
上司「前は嫌ってた話題だったのに、ずいぶん熱心だな」
沖永「何か気になるんですよねえ」
上司「ま、普段の仕事がおろそかにならない程度にな」
沖永「はあ」
上司が去った後、漫然とだらだらネットでアルパに関する情報を検索する沖永。
沖永(M)『とはいえ、取材するアテがないよなあ……』
検索キーワードを都市伝説の類にして調べる。色々ヒットする中で、
"アルパは2基存在する" と主張する海外サイトに注目を引かれる。
沖永(M)『アルパが2基…… "アルピスタのアルパマニアックスブログ"……連絡取ってみるか……』


●シーン02モルディブ共和国・首都マレ
ARPA社保安課長ラウル・ラフマン・シンの自宅。
保安課員の広瀬あおいと、ジョシュ・ライアンが招かれて食事している。
ジョシュ「僕らだけご自宅にお招きいただくなんて、なんか申し訳ないですね」
あおい「……ありがとうございます」
ラフマン「──君ら2人と休暇のタイミングが合うというのもなかなかないから、
初対面の日に下手な歓迎をして、それにジョシュを付き合わせてしまったお詫びにね」
夫婦のみで子供はおらず、妻のリイシャミが、笑顔を振りまきながらいろいろ料理を出してくる。
リイシャミ「いつも主人を支えてくださって、ありがとうございます。
ヒロセさんは、無重量状態で自在に動き回れて、
天女のようだって、主人がいつも言っているんですよ」
あおい「いえ、そんなことは……」
リイシャミ「アテンダントのお仕事は楽しいですか?」
あおい「……おかげさまで少しずつ慣れてきて、楽しめております」
ラフマン「謙遜だよ、彼女は何でもそつなくこなしてる」
リイシャミ「お国へは、よく帰ってらっしゃるんですか?」
あおい「……いえ……もう随分足を向けていません」
リイシャミ「そうですの……ご家族は?」
あおい「……」
ラフマン「あまり詮索しては失礼だよ」
リイシャミ「そうですね、ごめんなさい」
あおい「いいえ」
リイシャミ「ライアンさんは、コンピュータの専門家だとか……」
ジョシュ「いえ、ただの機械オタクですよ……この料理、とてもおいしいです。
それに、いつも奥さんが用意しているっていうお茶も、
よくいただいてますが、香りが深くておいしいですね」
ラフマン「家内のお手製のブレンドでね。もうおなじみになってて、検疫も問題なく通してくれてるよ。
アムピオンは自由にお湯が使えるからありがたい」
リイシャミ「ありがとうございます。大きなコンピュータのセキュリティを受け持っているんだそうですね」
ジョシュ「"ムーサ" ですね。音楽の神のことです。
"アムピオン" とか各ステーションの名前も音楽の神様の名前が多くて、
アルパの各所には、音楽にちなんだ名前が多いんですよ。
設計者か誰かの趣味だったんでしょうね。あ……」
何かを思い出すジョシュ。
ジョシュ「以前仰ってたのは、ムーサの9柱のことですか」
微笑するラフマン。このほか、いろいろと団欒する4人。


●シーン03マレの街中・走行中の乗用車の車内・しばらく後
食事後、ジョシュの車で送ってもらっているあおい。
ジョシュ「いかにも、内助の功という感じだったね」
あおい「……そうですね、とても貞淑で誠実そうな奥様でしたね」
ジョシュ「ああいう奥さんいいなあ」
ジョシュ「先輩は3次元の女性もアリなんですか」
ジョシュ「当たり前だろ (TдT) ……でも」」
あおい「でも?」
ジョシュ「何だか、奥さんというより召使みたいだったな。
女性の方が控えめな国民性なのかもしれないけど」
あおい「……」
ジョシュ「……それとさ」
あおい「はい」
ジョシュ「お前はなんか緊張というか、警戒心が解けてない感じがしたな」
あおい「え……?」
ジョシュ「お前は、チーフと話す時は、いつもそんな感じに見える」
少し驚いてジョシュを見るあおい。
ジョシュ「何だよ」
あおい「いえ……観察力豊かだなあって」
ジョシュ「お前、僕のことアホだと思ってるだろ」
あおい「(・∀・)」
ジョシュ「( ゚д゚)」
信号か何かで車が停止した際に、話しかけるあおい。
あおい「あ、このあたりで結構です。ありがとうございました」
ジョシュ「え、ここで?」
あおい「はい、あとは歩いて帰ります」
ジョシュ「お前、マレに部屋あるの?」
あおい「ええ」
ジョシュ「じゃあ……そこまで送るよ」
あおい「いえ、大丈夫です」
ジョシュ「……まあ、お前は襲われても心配ないけどさ……
もしそうなったら僕が守ってもらう方だろうし」
あおい「( ̄▽ ̄;)」
車を降り、挨拶して歩いていくあおい。車内から見送るジョシュ。
ジョシュ「……どこへ帰って行くのだろう……」




●シーン04マレ・再びラフマン宅
あおいとジョシュが帰った後。
後片付けも済ませ、一服しながら話すラフマンとリイシャミ。
ラフマン「きょうはよく演じてくれたね。無理を言ってすまない」
リイシャミ「そのようなことを仰らないでください。これが私の務めです……」
ラフマン「天命というやつか?」
リイシャミ「はい」
ラフマン「それで、きょう会った2人……特にアオイ・ヒロセは "ミッション" じゃないのか?」
リイシャミ「該当する者はいないようです」
ラフマン「そうか。味方じゃないなら、下手に籠絡しようとするのはやめるよう、教主に言っておいてくれ。
最初からこっち側じゃない限り、今後も絶対なびくことはない。彼女はそういうタマじゃない。
それに、どうやら総裁のお気に入りらしいからな」
リイシャミ「はい……でも、秘書の方が、口説き落とすと張り切ってるそうですが」
ラフマン「返り討ちになるだけだろうな。まあ知ったことじゃないが」
リイシャミ「見た目は華奢というか、なんとも可愛らしい、おしとやかそうな女性でしたけど……」
意地悪そうに微笑するラフマン。
ラフマン「その見かけに騙される男が多いんだよ、彼女は。それで油断して、舐めてかかると痛い目に遭う」
リイシャミ「なんだか、気に入っておられるようですね」
ラフマン「別にヒロセに個人的な恨みとかはないからね。興味深い人材だよ。その分、厄介そうだ……
正直、彼女が私の邪魔をしてきたらどうするか、迷っている。できればやりあいたくはないんだが」
リイシャミ「……」
ラフマン「それで、私の仕事の中間報告だが、軌道エレベーター "アルパ" を下手に乗っ取るような真似をしても、
すぐ近くで目を光らせている "アルコ" が邪魔をするか、アルパのシステムを無力化してくるだろう。
やはりアルパを制するには、アルコを先に掌握する必要があるというのが、私の見方だ。
推測だが、あれは単なる攻撃基地じゃない。何かを試している実験施設で、アルパを護るのはついでだ。
例の "別荘" だけじゃなく、本当の目的は別にあると思う」
リイシャミ「本当の目的ですか」
ラフマン「カギを握っているのはアルコの方だ。私の組織内での地位も、
あと少しでその辺の機密に触れられそうだ。あともう少しだと伝えてくれ」
リイシャミ「はい。承知いたしました……」
ラフマン「君はメモなどを残さずに正確に記憶して、伝えてくれるから助かる」
リイシャミ「あの……ラフマン様」
ラフマン「何だね?」
リイシャミ「……私のことは、お気に召さないでしょうか?」
ラフマン「?」
リイシャミ「私は、教主様と盟友でいらっしゃるラフマン様を尊敬申し上げております」
ラフマン「……友達じゃない。私たちはお互いに本名さえ知らないんだ。
アルパに潜入して、軌道エレベーターを掌握する策を見出し、お膳立てをする。
それと、ほかに潜入している者を影からサポートする。
私が引き受けたのはそこまでで、これが終わったら縁を切る。
奴とはそれまでの関係だよ。その後はお互い無関係だ。
終われば、君も連絡係から解放してあげられるよ」
リイシャミ「あの……私は連絡だけでなく、ラフマン様にお仕えするようにと……
その、お望みなら、夜のお相手も努めるよう言われております。
私に至らぬところがあったり、お気に召さなければ……」
ラフマン「そんなことはない。君はよくやってくれている。何の不満もない」
少し明るい表情になる。
ラフマン「詮索はしないつもりだったが、なぜ君はミッションになったのかね?
家族譲りの信仰はなかったのか?」
リイシャミ「家はヒンズー教徒で、私自身もそうです。今でもその信仰を失ったわけではありません。
ミッションは神への信仰と違いますから、改宗を強要したりはしません」
ラフマン「それで、既存の宗教の信徒の間にも支持を広げられるわけだがね……それでじわじわ乗っ取る。
私と会った頃はそうじゃなかったはずだが」
リイシャミ「そう……なのですか?」
ラフマン「アルパが出来たおかげで、モルディブは人種的にも宗教的にも坩堝状態になったからな。
販売拡張のために商品の規格変更をしたってところだな……
ああ、気を悪くしたらすまない、続けてくれないか」
リイシャミ「それで……数年前、夫と子供を亡くしました。私たちはローカーストの出身で、
子供が身分の高い人の車にひき逃げされて死んで、
それを糾弾しようとした主人も、集団で襲われて亡くなりました。
私は生きる目的を失って、後を追って死のうと思っていた時に、教主様にお会いして救っていただいたのです。
そのご恩に報いるためにも、与えられた天命を……」
ラフマン「『あなたがまだ生かされているのは、あなたには果たすべき天命があるからです』……かね?」
少し驚いた表情でラフマンを見るリイシャミ。
ラフマン「『己の天命を果たした時、道が開けるでしょう』とか『光が見えるでしょう』とか、奴の常套句だ。
ふん、それで本人の気が晴れるなら結構だがね。
で、奴がアルパを手中に収める手伝いをするのも、君のミッションや恩返しのうちか?」
リイシャミ「天につながる階段……人類を救う奇跡の塔……
軌道エレベーターは、教主様にこそふさわしいと思います」
ラフマン「納得はしてるんだな」
リイシャミ「ただ最近の教主様は、どこか不安定のようにも見えて、心配なんですが……」
ラフマン「不安定?」
リイシャミ「報告でお会いして、ご支持を受ける際に、ただ漠然と感じただけですが、
軌道エレベーターをどうにかすることを話しながら、目は別のことを訴えているようで……」
攻められているような感じになって、沈む表情をするリイシャミ。
ラフマン「……二重生活に疲れたかな。次に会った時に、私もよく見てみよう」
間。
ラフマン「君はどうしたいんだ?」
リイシャミ「え?」
ラフマン「君自身が求めるものはないのか? 失った家族が戻ることはない。それは気の毒だが、
これからどうしていく? 一生、ミッション……天明教に飼われるのか?」
リイシャミ「私は……私の天命を果たして報恩できれば本望です」
ラフマン「……」
リイシャミ「あ……でも、ラフマン様が喜んでくださることは、私自身の喜びです」
ラフマン「……そうか、ありがとう。そろそろ本番が近い。君にももっと働いてもらうことになると思う」
リイシャミ「はい、喜んで」
ラフマン宅の外観。


(T)サブタイトル『ディスクロージャー』


●シーン05軌道エレベーター・アルパ地上局 "オルフェ"・一般客エリアの展望デッキ・後日
現代の空港の見送りデッキのような感じの場所にいる沖永。
持参した双眼鏡で遠くを見ながら、ブツブツと独り言をつぶやく。
沖永「またここに来ることになるとはなー……
せっかくの休暇を使って、俺も貧乏性だよ……あそこかな……」
双眼鏡で、地上局のある人工島の南岸に位置する軍の基地を見た後、手持ちの端末でWikiか資料を見る沖永。
沖永(M)『通称 "アルパ条約軍" は、軌道エレベーター条約の加盟国が自軍を拠出して編成している一種の多国籍軍……
指揮権は、加盟国と特区行政府でつくる参謀委員会が掌握している……つまりARPA社が直接命令できない。
あくまで大気圏内での軌道エレベーターの周辺防備のみを担っている……宇宙での軍備は違反になるからか』
地上局と軍港の境界を双眼鏡で追う。
沖永(M)『ちゃんと棲み分けてるんだな……日本の米軍基地みたいにきっちり区切られてる。
ARPAの社内には、地上局に顧問役の駐在武官がいるだけで、軍隊は常駐してないって話だが……
つまり有事の際以外は周りをパトロールするだけってことか』
考え込む。
沖永(M)『ということは、仮に軌道上に核施設があるとしても、軍人がいる施設じゃない……
今回の筋が真実だとしたら、軍の主導じゃないってことかな……じゃ、ARPA社の独走か?」
我に返る沖永。独り言をつぶやく。
沖永「……どうも、俺はすっかり本気になってきちまってるな」
後ろから若い女性の声。
女性「アルパに軍を常駐させるかどうか、関係者間で随分綱引きがあったんですって。
準備委員長の代表もやっていた初代総裁が必死に抵抗して、今の状況を呑ませたそうよ。
軍隊を常駐させたら、いつ乗っ取られるかわからないからでしょうね」
驚いて振り向く沖永。30歳前後とみられる白人女性が立っている。
女性「ミスタ・オキナガ?」




●シーン06オルフェ・職員用エリア・同じころ
リフトを控え、ARPA特区本社内の保安課を出てオルフェの乗員の控室に来て、1人で身支度をしているあおい。
ドアがノックされ、ほかの職員なり警備員なりがあおいを呼び出す。
職員「ミズ・ヒロセ、お客様ですよ」
あおい「え、私にですか?」
職員「一般エリアの案内カウンターで待っておられるそうです」
あおい「はい、わかりました」
職員用エリアから出て、カウンターへ向かうあおい。
ARPA社の出資者で、これまでに何度か登場した、投資家・林志明の男性秘書が待っている。
姿を見つけて、かすかに驚くあおい。


●シーン07ARPA特区本社→オルフェのカフェ
昼休みか、あるいは定時の勤務を終えた広報広聴課員、ニーナ・クレール・ベルモ。
同僚ABと職場を後にするところ。
同僚A「ねーねー、オルフェの展望デッキのカフェに寄って、甘いもん食べてこうよ」
同僚B「いいねー」
ニーナ「私 "ブレイクピラーパフェ" 食べたい」
──みたいなかしましい会話を交わしながら、本社ビルをいったん出て、
一般客に交じって外から地上局へ向かう3人。空港のような地上局内を歩いて、
展望デッキ近くのカフェテリアなり、フードコートみたな場所へ。
そのカフェの隅で、向かい合って話をしている男女を見つけるニーナ。
ニーナ「ん? あれは……」
男女があおいと秘書だとわかり、驚くニーナ。
ニーナ「アオイさんだ……ってあの男、重モビルスーツ夫人が言ってたイケメン秘書じゃねーの!?
……抜け駆け? 男に興味なさそうなくせして……私の事たしなめといてズルいわぁ (`・ω・´)」
同僚B「どしたの? ……え、あれヒロセ女史? うっそ、男と一緒じゃん!」
同僚A「何、彼女男いたの!? おわいい男! 彼女、朴念仁かと思ってたけどやるねー」
2人の様子を見ていて、恋人同士の逢瀬には見えないのに気付く3人。
差し出された小さ目の花束を断ったり、頭を下げたりしているあおいを遠巻きに見る。
同僚A「あー……あれは男の方が相手にされてないって感じだわ」
ニーナ「……なんと勿体ないことを……」




●シーン08オルフェ・カフェテリア・あおいの席
秘書に向かって、頭を下げつつ、丁寧だが他人行儀に話すあおい。
あおい「先だってご搭乗の折には、お忍びでお越しとはいえ、
林様や皆様のことを存じ上げず、誠に失礼いたしました。
ですがお客様からいのただきものは、OAの就業規則で固く禁じられておりまして……
グワノタ様の奥様には、ご紹介などはご遠慮申し上げたんですが……」
秘書「いえ、僕はあなたの美貌や仕事する姿を見て、すっかり心奪われてしまって、
ぜひまたお会いしたいと思ったんですよ。宇宙での鮮やかな身のこなし……
なんでも "シレナ" って呼ばれているとか」
──といった口説き文句を次々と吐く秘書。
花束を決して受け取らないあおい。営業スマイルを崩さず、私的な態度は一切見せない。
あおい「このような場所に足を運んでくださったことには深く感謝申し上げます。
お気持ちだけありがく受け取らせていただきますので、ご容赦くださいませ」
秘書「それでは、日を改めて、仕事以外の別の場所や時間にお会いできませんか?」
あおい「そういったことも禁じられております」
秘書「いや、自由な時間の時ならいいじゃないですか、モルディブの穴場にお連れしますよ」
あおい「誠に光栄とは存じますが、そうした個人的なお付き合いなどはいたしかねます」
営業スマイルのまま、慇懃無礼にピシャリと拒絶するあおい。
笑顔を絶やさないが、表情のはしにプライドを傷つけられて、
徐々に不愉快そうな憎々しげな感情が垣間見える。
あおい「間もなく次のリフトで、色々な検査や手続きなどが控えておりますので、
申し訳ございませんが、そろそろ失礼させていただきます。林様によろしくお伝えくださいませ。
本日はありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰りください」
お辞儀して去っていくあおい。あおいが見えなくなると、
まったく問題にされなかったことで、相当自尊心が傷ついた様子の秘書。


●シーン09オルフェ・カフェテリア・ニーナたちのいる場所
遠くから見ていたニーナたち。
同僚B「フラれちゃったみたいね」
ニーナ「アオイさん……公私の区別徹底パネェな……」


●シーン10オルフェ・展望デッキ→カフェテリア
再び沖永と女性。
沖永「え……まさか、あなたが、"アルピスタ"?」
女性「そう。男だと思ってた?」
沖永「ええ、まあ」
女性「ネット上では男にしておいた方が色々楽なので。本名はイサドラ・アンドレウ。よろしく。
私の言うことを真に受けて、モルディブまで来てくれるとはありがとう」
沖永「真に受けてっていうか……休暇を利用して、バカンスがてら来てみました。オキナガです」
あおいが去った直後に、入れ替わるようにカフェにやってきて腰を下ろし、名刺情報を交わす2人。
女性=イサドラ「私はもともと、フリーのカメラマンで、天文写真も撮ってるんだけど、アルパのファンになっちゃって。
いや、マニアね。完全に惚れ込んじゃって、ギリシアからマレに移住してきちゃった。
電子版だけど、写真集も出してるのよ」
アルパが写った色んな風景を掲載した写真集を見せる。
沖永「これは綺麗ですね」
イサドラ「ありがとう。もっとフランクに話して」
沖永「あ……ええ、うん」
イサドラ「で、特区でアルパのいろんな写真を撮ったり、調べてブログを書いたりしてるうちに、
アルパの写真家としてそこそこ名が売れてきて、我慢できなくなってここにここに移り住むことにしたの。
それだけ、アルパはいい素材なのよね」
沖永「アルパについて調べているうちに、あなたのブログを拝見して、"アルパがもう1基ある?" というのを見てね。
それでお話を聞きたいと思って来てみたんだ」
イサドラ「それは嬉しいなあ。アルピスタは裏のHNなんだけど、あんな都市伝説みたいなことを気に止めてくれるなんて。
でも、私は真剣でね。これを見てくれるかしら?」
タブレットか何かで星空の動画を見せるイサドラ。
イサドラ「私、自分で撮るだけじゃなくて、アルパのオービタルリングからの色んな画像を入手したのよ。
ARPA社が無料公開したり売ってるやつ。たとえばこんな、
春分に地球の影に隠れてたアルパが顔をのぞかせて、陽光が当たる写真とかね。
で、ライブカメラとか色々チェックしたんだけど、ある一定の宙域の写真や動画がないのよ」
沖永「一定の宙域というと?」
イサドラ「見せた方が早いでしょ。公開されてる写真や動画を組み合わせて、抜けてる部分を縁取ってみた」
タブレットに映し出されるコラージュ画像。たくさんの画像を貼りあわせて、
アルパ本体やオービタルリングを表している。リング沿いに指でなぞって、ある部分を指すイサドラ。
イサドラ「ここ」
ピンチアウトして拡大していくと、静止軌道リングが切れて、黒く空白になった部分がある。
沖永「よくこれだけ集めたなあ……ここが抜けてると?」
イサドラ「そう。あらゆるカメラがここだけは映してない。
アルパの西、静止軌道上の距離でだいたい300kmくらい離れた位置になると思う」
沖永「死角の一つや二つあって当たり前では?」
イサドラ「ここだけ綺麗に抜けてるのよ。アムピオンの球状の全方位ライブカメラまでね」
沖永「ふむ……ここに、もう一つの軌道エレベーターが隠れているといいたいんだね?」
イサドラ「この隙間の中……アルパの西側の軌道上に、何かある。相当巨大な棒状の物体が。
静止軌道上に正体不明の物体が存在しているというのは、昔から珍しいことじゃないのよ。正体は軍事衛星とか。
しかし近年は世界のハッカーが面白半分にそういう情報も暴露しちゃうようになってしまった。
アルパが出来てからは、オービタルリングの監視網もあるし、
ステルス性能を上げた衛星を少数打ち上げるに留めていると言われてる。
リングの延長線上にあるんだから、ここにあるのはそういう代物じゃあない」
沖永「棒状の物体……」
イサドラ「旅客用コルチェアの正式運航の際、"クエルダ" の路線が西側から東寄りに変更になったの知ってる?
こういうのを見せたくないってことじゃないかしら?」
沖永「うーん。地上から見えないの? 各国の観測機関とかがキャッチしていてもいいのでは?」
イサドラ「高度3万6000km前後だからねー。地上からだと見上げる格好で短く見えるし、
地球の自転と同期しているから、広大な空のその1点だけに注意を絞ることはないから、
気づきにくいんだと思うんだよなー。見つけた人がいたとしても、
アルパそのものだと思ってるんじゃないかしら? あるいは知ってて黙ってるか。
でも、ないわけじゃないわ。
ネット上で色々調べて画像集めてみた」
月や星雲などを背景にした黒い棒状の影の写真など、UFOの目撃写真のようないろいろな画像。
チャチで胡散臭いものも多い。
沖永「いやこれ、UFOやUMAの目撃写真と変わらないでしょ! この星雲の写真なんか縮尺おかしいよ」
ツッコむ沖永を手で制して黙らせるイサドラ。
イサドラ「だ、か、ら! きょうこの時間に会うことにしたのは、リアルタイムで決め手を見せるため」
沖永「決め手があるの?」
PCを広げるイサドラ。小型衛星のデータを見せる。
イサドラ「○×大学の太陽研究用の、X線観測衛星。
プロミネンスとか表面活動の撮影のために、相当な高解像度で望遠もかなり効くの。
昔、キューブサットの実験が流行った時代があったの知ってる?
今はアルパやリングの観測網に頼るようになっちゃって衰退したけど、
まあ、その延長みたいなことを細々とやってるとこもあるのよ。その軌道投入もアルパ頼みだけどね。
で、その大学の研究室に少しばかり資金提供して……」
沖永「買収したのか?」
イサドラ「人聞きの悪いこと言わないで。少し仕事を引き受けてもらったの。
軌道上のある1点で姿勢制御して、太陽を最拡大で撮影してもらうように。
太陽を背景に、問題の空白が画角に入る角度でね。アルパの軌道局には申告してない。
それがちょうど今頃撮影してて、映像がそろそろこっちに転送されてくるのよ」
PCのいくばくか交信して回線をキープし、PCを見つめる2人。
沖永「なんでここで待ち合わせたの?」
イサドラ「アルパの撮影に来たのもあるけど、こういうのをアルパのお膝元で見ようってのが面白いじゃない」
沖永「お人が悪い……」
通信状態をデータの待ち受けにするなどの措置をして、しばらく待った後、画像が入ってくる。
イサドラ「来た……これでも角度はキツイけど、
赤道上のリングと黄道面のズレのお陰でなんとか撮れてる」
モノクロのレントゲン写真のような太陽表面の連続写真。
オービタルリングの影が映りこんでいてそれをたどっていくと、短いが直角に棒状の影が映っている。
拡大すると、リングとの交点に、わずかに凸凹した影も。
沖永「アルパ本体じゃない?」
イサドラ「だって途切れてて地上に向かってのびてないじゃない。
アルパはこっちよ(連続画像の別のコマの影を指で示す)」
沖永「……本当に、何かある……」
画像データをコピーしたメディアを沖永に渡すイサドラ。彼女も興奮している。
イサドラ「どう? アルパには、双子の兄弟のような存在がある、という噂は以前からあって、
みんな都市伝説だと思っているけど、私は実在すると思ってた。
ニュースにするつもりなら、私の提供写真と明記する代わりに、
私のブログとあなたの記事、タイミング合わせてあげるわよ。
研究室にも公表に待ったをかけといてあげる」
画像を見て確信を強める沖永。
イサドラ「やっぱりあるのよ、もう一つ……軌道エレベーターが」
沖永「君は、この軌道エレベーターは何のためのものだと思う?」
イサドラ「わからないけど……隠してるってのは、何か機密じみたものでしょうね」
沖永「その……軍事基地の可能性は? ここに何か持ち込んでるって噂は聞いたことない?」
イサドラ「核兵器でしょ?」
沖永「聞いたことあるのか?」
イサドラ「陰謀論レベルだけどね。でも、アルパには、公にされているのとは違う、
何か別の目的があると、私は思ってる」
沖永「ありがとう……これは必ず記事にするよ!」
その後も質疑や議論をして、色んな画像素材をコピーさせてもらったりして、
帰国後にまたやりとりする約束を交わす2人。
色々礼やあいさつを交わしてイサドラと別れ、1人歩いている沖永。
興奮冷めやらぬ状態。
沖永(M)『政治学者、(トンデモ)学者、写真家……
まったく別の角度から、同じ結論を出すような偶然が、三つも続くはずがない。
間違いない、何か隠されたものがある……!』
空港へ向かって歩いている時に、端末に連絡がくる。
沖永「沖永は私ですが……はい……はい……この連絡先をどこで……?」


●シーン11マレ・およそ半日後
ガン島特区からマレに移動し、ARPA社の出資者・林志明のオフィスか何かを訪れる沖永。
過去に登場した女秘書に通されて入室する。
「お呼び立てして申し訳ありません。林志明と申します。
モルディブにいらっしゃるとは、実にタイミングがいい」
沖永「真由都羽通信の沖永です」
「沖永さんが、アルパについて調べていると耳にして、
ぜひ聞いていただきたいことがありましてね、ご足労願いました」
沖永「お名前は耳にしたことがあります。あなたのような方にまで届くほど、私は有名になってるんですか?」
「いいえ。私の独自のチャンネルですよ。
沖永さんが以前取材されたという菱村先生、その方が話されていた知り合いというのが、
私がかかわっている団体が主宰するセミナーに来られたことがあるのです。その関係でね」
沖永「(M『俺が菱村教授に会ったことを知ってるのか?』)
ARPA社で働いていたという……? 連絡がとれなくなったと聞いていますが」
「そうです。どうもARPA社を辞めて以降、心の健康を少し損なわれたようで、人嫌いになってしまいましてね。
ささやかながら私が社会復帰の支援をしています」
沖永「どうしてアルパにご興味がおありなのですか」
「これは内密にお願いしたいのですが、私個人はARPA社の出資者なんですよ」
沖永「そうなんですか……」
「それだけ、アルパの意義も価値も認めているのです。
無秩序だった宇宙開発を、安全で安定したものにして、様々な恩恵を与えてくれました。
だからこそ、よろしからぬ目的に使用されているのであれば、正さなければならないと思っています」
沖永「出資者なら直接もの申せばいいのでは?」
「私の出資の事実は公にしていないのですよ。また、内規の暴露は除名されてしまいますから。
しかしそれでは、内側からARPA社に意見することもできなくなる。
身勝手な言い分とは思いますが、それにはマスコミに暴露していただいて、
それを基に追及するしかないのです」
沖永「つまり、匿名で告発なさりたいと……
一応、ご事情は理解しました。それで、どのようなお話をうかがえるのでしょうか?」
「これまでの取材の中で、"アルコ" という言葉に行き当たってはいませんか?」
沖永「アルコ?」
図面や情報を見せる。アルコの大きさや位置などを記したデータ。
「一定以上の大口出資者が手に入れられる内部資料です。
アルパの西の位置に、もう一つ軌道エレベーターがあるのです」
これまで取材で見聞きしたことが、頭の中を駆け巡る沖永。
沖永「やっぱり本当に、存在しているのですか!?」
「アルコの存在自体は、以前から出資者の間には知らされていました。
でもそれは、あくまでアルパの維持や、非常時に機能を代替したり、
職員が避難するシェルターとして使われるものだと説明されていたのです。
アルパに何か起きた時、代替機能も担っているというので、公表されないという説明でした。
ですが、ここで色んな兵器の実験もしているという噂が流れてきています」
沖永「……!」
「そして1年以上前から、核を運び込んで武装しようとしているという。既存の兵器の核を解体し、
弾頭を分離して加工し直して、アルパで運び、アルコに移動させて備蓄しているという話です。
私たちには何の説明もない。いくらなんでも、大量破壊兵器まで必要だとは思えません」
沖永「本当なのですか?」
「失礼ですが、これまであなたが取材で集めた傍証は、それを裏付けているのでは?」
沖永「……まだ確信には至ってません」
「私は、アルパが地上の人々を威圧するための道具になるのではないか、
アルパの背後にいる国々が、軍事力を盾に暴君と化すのではないか、それを懸念しているのです。
それは何としても阻止しなければならない」
沖永「私も勉強しましたが、衛星軌道上から地上に兵器を落とすというのは、無駄が多くて使い物にならないそうです。
ましてや静止軌道上の物が地上に落ちてくるなんてのは、軌道エレベーターのことをよく知らない人の妄想ですよ」
「アルパと組み合わせれば容易です。エレベーターなのですから。
そもそも脅威を与えるだけで十分でしょう? 核兵器というのは、もともと威嚇にしか使えないんですから」
沖永「AR PA社全体の意思なのですか、それとも一部の暴走なのでしょうか?
あるいは、最初からの狙いなのですか?」
「わかりません。少なくとも、私ども出資者にはそのような説明はありませんでした。
この資料には、アルコの大きさ、軌道要素など様々な情報が記載されています。写しを差し上げましょう。
これを曝露していただいて結構です。ただし、私から入手したことはご内密に」
沖永「よろしいのですか?」
「それで、アルパが正しい、あるべき役割に戻るのであれば。それが私の天命です」
沖永「天命……」
「この事実を世に問うのが、あなたの天命だと、私は感じていますよ。あとは、この方にお尋ねするといい。
アルパの秘密を直接知っている生き証人です」
第1章で登場した、ニコラス・ベイカーが入室してくる。


●シーン12日本・真由都羽通信東京本社
帰国して出社し、人を集めて職場に取材の成果を説明する沖永。関心を示す上司ら。
上司やデスク「これはもう、うちの部署だけで済む話じゃないよ、ほかの部にも呼びかけて応援を頼もう」
ネット上の噂からARPA関連会社の素性、軌道の再計算などなど……
色々裏どりなどを進めたり、記事の配信の準備を進める沖永ら。ふと考え込む沖永。
沖永「どうもトントン拍子過ぎるような……」
上司「どうした?」
沖永「応援のお陰で、アルパの周辺というか、形の断片が集まりましたよ。
最初は難儀しましたけど、こうも材料が集まると、都合良すぎるというか……
誰かの掌の上で踊らされているような気もして」
上司「現に材料が集まったんだ。ここまでやって記事を打たないわけにいかんだろう。
もうお前1人のネタじゃない。後には引けないよ。このまま突っ走れ」


●シーン13フランス・パリ・ARPAパリ本社
自分の執務室内で、携帯端末なり固定電話なりで話しているフランソワ・ベルナールARPA総裁。
相手は、観測研究課長のアダム・スコット。
ベルナール「結局、記者会見だがな、やらざるを得んようだ。
せっかく "調律師" から計画の承認を得ようというところだったのになあ」
スコット『以前アルパを取材した、通信社の記者のせいか』
ベルナール「かなり嗅ぎつけてきたようだ。直接取材を申し込んできた。近々打つつもりだろう」
スコット『どこまで知ってるんだろう? 脇は十分固めて、いよいよ本丸に迫ろうということかな』
ベルナール「あとちょっとなのに、ここで公にするのは、正直痛い。どんな混乱が起きることか。
計画発動までは、できるだけ内密で進めたかった。今回の発表で邪魔が入らないといいが……」
スコット『まったく、ここまで来て……また一難だな』
ベルナール「だが、それでもな、ニュースにされるなら、こちらから大々的にぶちまける」
スコット『調律師の連中が怒らないか?』
ベルナール「もう構わん。今まで呑気に傍観してたんだから、少しは肝を冷やすといい」
スコット『わかった。会見には私も出席するよ。科学的な質問を引き受けよう』
ベルナール「頼む。それにしても、どうもタイミングが良すぎるんだが、
記者がリン・チミン(林志明)と接触した気配があって、何か吹き込まれたのかもしれない……」
スコット『リンって、調律師の1人か……"別荘" の持ち主なのか?』
ベルナール「ああ」
スコット『だったら、下手に暴露されれば自分の首を絞めるようなもんだろう?』
ベルナール「どのみち、いずれは公にしなくちゃならんことが少し早まっただけだ。時は来た。
今さら右往左往してもしょうがない。記者にはアドバイスだけして、あとは会見で話すよ」
スコット『わかった……これまで、よく頑張ってARPAを引っ張ってきてくれたな』
ベルナール「大変なのはこれからだが」
スコット『長かったな』
ベルナール「会見場で会おう」


●シーン14日本・川崎市・ARPA日本支社
取材に訪れた沖永。会議室のような部屋に通される。テレビ会議ができる部屋で待たされた後、
女性職員が来て、まもなくこちらに映像が映る、などということを告げる。
やがて、画面がオンになり、ベルナール総裁が映る。びっくりして起立する沖永。
ベルナール『お待たせしました……英語でよろしいですかな?』
沖永「あ、はい。恐れいります。てっきり、広報担当の方がお答えになると思っていました。
まさか、ARPA社の総裁ご本人が応じてくださるとは……それだけ重要なことでしょうか?」
ベルナール『内容によってはね。どうぞご着席ください』
座って、話を始める2人。
沖永「それでは単刀直入に申し上げますが、アルコという、もう1基の軌道エレベーターの存在についてです」
ベルナール『とぼけても信じないでしょうな』
沖永「色々聞きました。そこに核兵器を運び込んでいるという証言がありますが、本当ですか?」
ベルナール『それを誰から聞いたかは、尋ねても無駄みたいですね』
沖永「……私がきょう、ここに来たのは、ARPA社としての最終コメントを取るためです。
社をあげて、色々調べました。最後に、私が提示したことをどう受け止められるか反応を見る。
その吟味役を私がやることになったんです」
ベルナール『ニュースに出すつもりですかな?』
沖永「はい。加盟社のあすの朝刊や朝のニュース向けに、大々的に発信するつもりです。
コメントをいただけるなら、内容次第で多少のトーン変更の余地もありえますよ」
ベルナール『やめた方がいいと思うがな』
沖永「それが返答でしょうか?」
ベルナール『そう取ってくれても構いません。間もなく案内を出しますが、
私たちはあす夜、本社で緊急記者会見を開きます。会見に出られますか?』
沖永「本社って……パリですか?」
ベルナール『マスコミ各社をガン島まで呼び寄せるわけにはいきませんから。パリならどこの社も出先機関があるでしょう。
ARPAが2本社制をとってるのはこのためですよ。おたくの会社も支局があるのでは?』
沖永「……行きます。支局の者も行かせますが、やっぱり私自身が」
ベルナール『質問には、そこでお答えしよう。開始時間も、なんとか日本から来て間に合う時間に設定して、
あなたには最初に質問をするよう取りはからいます』
沖永(M)『まるで映画の "ディープ・インパクト"だな』
沖永「きょうはお答えして頂けないのですか?」
ベルナール『これは、あなた方への猶予ですよ』
沖永「あす会見をなさるなら、なおさらその前にニュースを打つ。それがマスコミの習性というものですよ。
じゃなきゃ他社と同着になってしまいますから」
ベルナール「警告はしました。申し訳ないが、きょうはこれで」
回線が切れる。消化不良の感触を抱いて、支社を後にする沖永。
沖永(M)『何が言いたかったんだ?』


●シーン15フランス・パリ・シャルル・ドゴール空港・翌日
旅客機から降りて走る沖永。タクシーを乗り継いだり。かぶる声。
沖永『俺に行かせてくださいよ。ここまで来たら自分で見届けないと気持ち悪くて仕方ないですよ!
俺この足で成田に言って席取りしますから! どうしてもダメなら休暇にしてください。
俺は自費でパリまで行きます。会見は現地時間の深夜だから、
ギリギリ間に合います。有給もうない? いやこないだの休暇とは別に (´・ω・`)』


●シーン16ARPAパリ本社・記者会見場
真由都羽通信と契約している国内外のメディアに見出しが躍る。
『軌道エレベーター・アルパを軍事利用?』『衛星軌道上に軍事基地?』『大量破壊兵器を備蓄の疑い』
『国際政治学者・菱村幸夫のコメント"条約違反" "軌道上からの軍事的な威嚇の可能性"』
『大学の小型衛星が施設の影をとらえた写真』『元職員の証言』などなど……
満席の記者会見場。ネット会議のような回線を通じた記者の出席なども。
息を切らして入ってくる沖永。
沖永「間に合った……」
ベルナール総裁が、スコットやお供を連れて入ってくる。
バシャバシャストロボがたかれる中、チラ見で沖永を確認する。
ざわついて詰め寄る報道陣。「一部報道は真実ですか?」「アルパは軍事目的で造られたのですか?」などなど。
冷静な総裁。
ベルナール「どうぞ落ち着いてください。本日は深夜にもかかわらずお集まりいただき、感謝いたします。
まずは皆さんを騒がせている『一部報道』ということに関して、ご質問をお受けしましょう」
一斉に手が上がる。沖永を指す総裁。
沖永「真由都羽通信、オキナガです。軌道エレベーター・アルパのすぐ近くの軌道上に、
アルコというもう一つのエレベーターシステムがあり、
そこに核兵器が持ち込まれているというのは事実ですか?」
ベルナール「……事実です。アルコは実在し、そこに運び込まれているのは、紛れもない熱核兵器です」
ざわめいて騒ぎになる会場。中継を観ている一般人も驚く。
「否定しないのか?」「どういうことですか?」「釈明は?」みたいな罵声が入り交じった質問の嵐。
しばらく何も答えない総裁。「宇宙で戦争する気か」「何とか言え」みたいな怒号も。
やがて、静かにしないと何も答えない考えだということを察し、少しずつ静寂になる会場。
ベルナール「この先の質問は、すべて私の話が終わってからにしていただきます。
取材の皆様のみならず、この中継をご覧になっている、全世界の皆様、
これから申し上げることを落ち着いてお聞きください」
何だ? みたいな空気。
会場が少し暗くなり、モニタに太陽系の図が映し出される。その中で目立つ長楕円軌道。
ベルナール「これは我々の太陽系です。現在、ここ(楕円軌道の一部を指す)、
土星と海王星の軌道の間に位置する小惑星があり、"アロフォノ" と名付けられています。
大きさは長い方が直径約10km。公転周期はおよそ33年です」
沖永(M)『何が言いたいんだ?』
映像が動いて、小惑星の位置が地球と重なるアニメのようなCGが投影される。
ベルナール「この小惑星の軌道は、今から11年後の○月×日、60%以上の確率で地球の軌道と交差します。
発見以降の様々な観測の結果、この時、地球も軌道上の同じ位置に来ている……
つまり衝突することが判明しています」
どよめく会場。
沖永「え……?」
ベルナール「衝突の可能性が高いとされるのは、次の近日点通過後です。
直撃した場合、地球は全球を巨大な衝撃波が伝わり、海に落下すれば大津波にも襲われます。
その後も大気中の長期にわたるエアロゾルの滞留により環境が激変、
私たちの文明社会は壊滅的な打撃を受け、滅亡する可能性もあります」
唖然とする沖永とほかの記者たち。
色んな人物が、世界各地から見ている様子。
それぞれ持ち場で会見を見ている広瀬あおい、ラウール・ラフマン・シンなどのスタッフや、これまでの登場人物。
どんどん質問が出てくるが、すべて無視。静かになる度に話し出す総裁。
ベルナール「軌道エレベーター・アルパが完成後、オービタルリング上の望遠鏡など各観測機器や、
アルパから軌道投入した探査機 "はにゃぶさ" などによる観測、解析により、
小惑星の軌道はより詳細に判明しました。そして現在においても、衝突の可能性は依然下がらず、
むしろ高まりました。60%以上という数字は最新の解析結果です」
顔色を失っていく沖永。
沖永(M)『マジで……ディープ・インパクトなのか?』
ベルナール「そして、何よりもお聞きいただきたい。我がARPA社は軌道エレベーターの計画発足以来、
この衝突を阻止するためのミッションを一貫して遂行中です」
記者席からまた驚きの反応。
ベルナール「軌道エレベーターの高軌道スリングにより、核弾頭を搭載した宇宙機を小惑星に繰り返しアプローチさせ、
起爆させて軌道の変更を図ります。核はそのためのものであり、
軌道エレベーター・アルコは本計画遂行のためのサポート基地です」


●シーン17モルディブ共和国・マレ・林志明のオフィス
秘書ら取り巻きと中継を見ている林志明。上機嫌で笑いをこらえているが、目だけは笑ってない表情。
「いやいや、待ってたよ総裁閣下……!
こっちも本番だ。これからいろいろ楽しませてもらうよ」


●シーン18再びARPAパリ本社・記者会見場
一転して、静かになっている会見場。複雑な表情の沖永。その他、様々な反応の表情を見せる報道陣。
話し続けている総裁。
ベルナール「アルパはこのために誕生しました。
かつて人類が経験したことのない、最大の危機を未然に回避する……」
ベルナール総裁のバストアップ。
ベルナール「それが、軌道エレベーター・アルパの使命です」


第7章 了

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